第2話 チュートリアル?

「ねえ、ねえ! 女神様! 女神さまっ! おきながたらしひめっ! 姫―! 」


 木漏れ日の光はまだ明るい。しかし、深い森の奥は黒く、進む方向も分からない。


 葉月は苔のむした岩に腰掛け、懸命に手鏡に話しかけるが応答は無い。2時間程度にはなるだろうか。だんだん呼び掛ける口調が変わってきた。いつでも話しかけていいって言っていたのに……と、つい悪態もついてしまう。


「ほら、ちゃんと一回深呼吸してから行動するのよっていつも言っているでしょ? 」

 妹の弥生の言葉がぐるぐると回る。

 全身脱毛で高額商品の契約をしかけた時も、絵の展覧会でイケメンのお兄さんに捕まって高額な海外の絵画を買わされそうになった時も、お見合いでロマンス詐欺に遭いかけた時も助けてくれた。


「葉月は衝動的に動いたら後悔することが多いでしょ? 少しでも疑問に思ったり、不安な所があったら『家族と相談します』って言って、時間を置いて皆で考えるの。一人で決断しないでよ」と言って未然に防いでくれた。


 やっぱり弥生の言うように家を出るのを相談していたら良かったと後悔する気持ちがもたげてくる。異世界に転移なんて、絶対に反対されていたに違いない。秒で論破されるのが目に浮かぶ。


 いや、結果的に間違っていたとしても初めて自分で自分の道を選んだのだ。今までの自分の人生をリセットして異世界で「普通の人」になるために、この世界で生きていくと決めたのは葉月だ。それに、あの家には私の居場所は無いのだから。


 このままここに居ても始まらない。と、立ち上がりかけた時だった。


「……葉月よ……」

 ポケットの中からくぐもった女神の声がした。

 急いでポケットの中から手鏡を取り出し、話しかける。


「あぁー! もうっ! 息長足姫おきながたらしひめ、いつでもお話しできるって言ったのに、なんですぐ出てくれないんですかぁ? 」


 声が聞けて安心した気持ちもあったが、さっきまでの不安感が強くて、咄嗟に面倒くさい彼女みたいな事を言ってしまった。


「葉月よ、すまぬ。久しぶりに神力を使い、枯渇してしまったのだ。返事ができるまで薬湯等を使い神力が溜まるのを待機していて、すぐ応えられず心配をかけたな。不安だっただろう? 」


 手鏡の中に、小首をかしげて申し訳なさそうに眉を下げる女神が見える。それでも文句は止まらない。


息長足姫おきながたらしひめ、ああ。言いにくいから、姫って呼んでもいいですか? もう敬語も必要無いですよね? 

 うん。すっごく待ったし、その間怖かった。魔法がある世界なら、テンプレで、ここで絶対魔物が出てくるんだよ。ゴブリンに連れていかれたらどうすんのよ! 私も一応、狩猟免許は持っているんだけど、ナイフも銃も持ってきてないからさ。日本の森なら少しは動けるけど、植生とかなんか違うし。周りの景色も見えないから、どっちに行ったらいいかわかんないし。喉も渇いたけど、川に降りるのは危ないし。

 それに、この国の事とか私の使える魔法とかもわからないし……。

 あ、神力ってそんなに消費したの? どれくらいで回復するの? これから連絡はどうするの? 」

 いつもは陰キャでコミュ障なのに話が止まらない。興奮していると一方的に話してしまう。神様との正しい距離感ってどうすればいいのかわからない。とても無礼な事を言っている自覚はある。きっと偉い神様なのに、息長足姫おきながたらしひめ改め姫は優しい顔で待ってくれている。とっ散らかった思考をぶつけて、何だか急に自分が恥ずかしくなって口をつむぐ。


 思考が逸れて勢いが落ちたところに姫から声がかかる。


「では、通信にも神力を使うので手短に説明しよう。もうすぐそちらの協力者が迎えに来てくれるから、詳しい事は協力者に尋ねてくれ。妾との連絡はまた明日太陽が真上に来る頃にはできるようになるだろう」


 葉月は大きく頷き、手鏡を膝の上に固定し、のぞき込む。


 姫は懐から例のマニュアル本を取り出し解説する。


「では簡単にそちらの世界を説明するぞ。ここは【ティーノーン】という世界らしい。葉月が言う地球を指す言葉だ。【ティーノーン】には、人族、獣人族、エルフ、ドワーフ、リザードマン、竜人などがいる。ゴブリンやオークもいるが敵対はしていないと書いてある。そして、葉月を保護してくれるのは獣人の国【バンジュート】だ。小さな獣人の村が集まり町になりそして国になった。だから色々な獣人が住んでいる。隣国の人族の国【ターオルング】とは何回か戦争し、今は停戦中で落ち着いてはいるそうだ」


 葉月は人族だ。停戦はしていても印象は良くないのではないだろうか。


「神界の研修で同じ班になったラウェルナが勧めていたから、大丈夫だと思う……」 


 葉月の思考を読んだのか、姫は途端に自信無く答える。


「ちょっと、そのマニュアル見せて」  


 姫はマニュアルを手鏡に映る様にかざしてくれる。 


 実態を出す程神力はまだ回復していないそうだ。異世界転移はそれほど大変な事だったのかと改めて思う。


 小さな手鏡越しに本を読むが、読み難い。手順や手続きが書いてあるようだ。

 見開いたページに、旅行会社の格安ツアーのお知らせの様な、黄色の紙に一色刷りのチラシがはさまっていたので、それも見せてもらう。


 手書きのメッセージがあった。姫が神界の研修で同じ班になったローマ神話の女神からの様だ。


『大好きなオッキーへ。

 コレ絶対にオ・ス・ス・メ! 皆、たくさん転移させて良かったって言ってるよ! ラウェルナより♪ 』


【 ~異世界転移はティーノーンの楽園バンジュートへ~ 】


 人生、楽しんでいますか?夢のある人集まれ!嫌なことがあったら心機一転、環境を変えるチャンスです!そんな貴方に朗報!


 今ならバンジュート転移者、先着1名様のみ実質無料!(異世界者、魔力量、魔法の実績問いません)


 自然豊かなバンジュートの大地に抱かれて癒されてみませんか?


 明るくアットホームな雰囲気のナ・シングワンチャーの荘園しょうえんでしっかりと研修があるから大丈夫!


『転移者からの声』


・魔物討伐後の焼肉パーティーは楽しいYO!


・イケメンの兵隊さんが手取り足取り優しく教えてくれます!


・やる気があったら、どんどん上に行けます。成長できる場所です!

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