第2話 青き旋律

青い光の道を進むドナウとスワンは、いつしか時間の感覚を失っていた。道の先は果てしなく続き、その周囲を包む青い輝きは、まるで彼らを夢の中に誘うかのようだった。二人の足音は軽やかで、空気は静まり返り、どこか穏やかな旋律が流れているかのように感じられた。


「ドナウ、この光……なんだか、音楽みたいに感じないか?」


スワンがふと立ち止まり、耳を澄ました。ドナウも彼に倣い、周囲の音に注意を払った。すると、確かに風の中に隠れたような、微かな旋律が聞こえてくるような気がした。


「本当だ……なんだか、音楽みたいだ」


その旋律は、穏やかでありながらもどこか哀愁を帯びたものだった。青い世界に漂うその音は、二人の心に深く染み込み、彼らを不思議な感覚に包んでいった。まるで、青い風景そのものが楽器となり、音楽を奏でているかのようだった。


二人は再び歩みを進めた。音楽のように聞こえるその風は、次第に鮮明になり、二人の耳に確かな旋律として響き渡るようになっていった。ドナウとスワンは互いに顔を見合わせ、言葉を交わさずに歩を進めた。


道が進むにつれ、風景は次第に変わり始めた。青い地平線の向こうには、広大な青い川が流れているのが見えた。その川は穏やかに、しかし力強く流れており、その水面はまるで鏡のように輝いていた。川のほとりには青い花々が咲き誇り、その花々もまた、風に揺れながら旋律に合わせて踊るかのようだった。


「こんな場所が地獄に存在するなんて、信じられない……」


ドナウは呟き、青い川に近づいた。川の流れは美しく、透き通っており、底まで見通せるほどだった。彼はその水に手を触れた。冷たく心地よい感触が彼の指先を包み込み、その瞬間、彼は不思議な感覚に捉えられた。


「この川……ただの川じゃない。何かが……」


ドナウは言葉に詰まった。彼の視界が一瞬ぼやけ、川の中に映し出された光景が変わり始めたのだ。そこに映し出されていたのは、青い川の水面ではなく、別の世界のようだった。美しく装飾された大広間で、人々が優雅に踊っている光景が見える。その光景は、まるで夢の中にいるかのように曖昧でありながらも、どこか現実的な感覚を伴っていた。


「これは……?」


ドナウはその光景に見入っていたが、やがてその中に自分自身の姿を見つけた。彼はその大広間の中央で、まるで舞踏会の主役であるかのように踊っていた。その姿は堂々としており、彼の周りには人々が楽しげに踊り、笑顔が溢れていた。


「ドナウ、何が見えるんだ?」


スワンが心配そうに問いかけたが、ドナウは答えることができなかった。その光景はあまりにも鮮明であり、現実感があったからだ。彼はまるでその場にいるかのように、音楽に合わせて踊っていた。そして、その音楽は次第に強くなり、彼の心を捉え続けた。


「美しい……まるで夢のようだ……」


ドナウはそのまま川の中に引き込まれるような感覚に陥った。青い水面は彼を包み込み、彼の意識は次第にぼやけていった。彼はそのまま夢の中へと沈み込むように、現実を忘れ去りそうになった。


しかし、その瞬間、スワンが彼の腕を強く引いた。


「目を覚ませ、ドナウ!」


スワンの力強い声が、ドナウの意識を引き戻した。彼は驚きと共に水面から手を引き、その瞬間、光景は一瞬にして消え去った。青い川の水面は再び静かに波打ち、彼の手には冷たい水の感触だけが残った。


「今……何が起こったんだ……?」


ドナウは混乱した表情でスワンを見つめた。スワンは冷静さを取り戻し、彼の肩に手を置いた。


「おそらく、ここはただの川ではない。この川には何かが隠されている……まるで、幻を見せるような力があるかのようだ」


ドナウは頷き、再び川の方を見つめた。青い水面は依然として美しく輝いていたが、彼はその輝きに隠された何かを感じ取っていた。これが地獄であるならば、この川にもまた、何かしらの試練が隠されているのかもしれない。


「スワン、僕たちが見たのは……天国への道の一部なのか、それとも地獄の試練なのか?」


ドナウは不安そうに問いかけたが、スワンは少し考え込んだ後に答えた。


「分からない。だが、この川には何か重要な意味があるように思う。もしもこれが天国への道であるならば、私たちはその道を見失わないようにしなければならない」


ドナウは再び川の水面に手を伸ばそうとしたが、今度は躊躇した。彼は先ほど見た幻影が再び現れるのではないかと恐れたのだ。スワンは彼の様子を見て、再び彼の肩に手を置いた。


「安心しろ、ドナウ。私たちは一緒だ。どんな試練が待ち受けていようとも、共に乗り越えよう」


その言葉に、ドナウは少し安心し、再び歩みを進めることを決意した。彼らは青い川のほとりを歩きながら、再びその旋律を耳にした。それは、まるで彼らを導くかのように、優雅でありながらもどこか悲しげな音楽であった。


「この音楽……まるで僕たちに何かを伝えようとしているみたいだ」


ドナウは呟きながら、その旋律に耳を傾けた。スワンもまた、静かにその音楽に聞き入った。


やがて、川の流れは次第に速くなり、その先に大きな青い滝が現れた。滝の水しぶきは霧のように広がり、その周囲にはさらに鮮やかな青い花々が咲き乱れていた。その光景は息を呑むほど美しく、二人はしばしその場に立ち尽くした。


「これが……天国への道なのか?」


ドナウは呟き、その滝を見つめた。その時、再び耳にした旋律は、滝の轟音に混じり合いながら、さらに力強く響き渡った。それはまるで、滝の音と一体化し、彼らの心を揺さぶるかのようだった。


「行こう、ドナウ。この滝を越えた先に、私たちが求めているものがあるかもしれない」


スワンは滝の方へと歩みを進めた。ドナウも彼に続き、二人は滝のふもとへと向かった。滝の水しぶきは冷たく、彼らの顔に降り注いだ。しかし、その冷たさはどこか心地よく、彼らをさらに先へと進めさせる力となった。


「この滝を越えた先には、何が待っているんだろう……?」


ドナウはその問いを胸に抱きながら、スワンと共に滝の裏へと続く道を見つけた。そこには狭い隙間があり、二人はその中へと身を潜めた。滝の裏側には、さらに深い青い闇が広がっていた。


「行こう、ドナウ。この先に……私たちが求める答えがあるはずだ」


スワンの言葉に、ドナウは強く頷き、共にその暗闇へと足を踏み入れた。青い闇の中、二人は慎重に歩みを進め、やがてその先に微かな光を見つけた。


「これが……天国への道?」


ドナウはその光を見つめ、胸が高鳴るのを感じた。スワンもまた、その光に希望を見出したかのように、微笑んだ。


しかし、その光の先に待ち受けていたのは、天国ではなく、新たなる試練の始まりであった。


青き旋律は次第に不穏なものへと変わり、二人を包み込む闇はさらに深くなっていった。果たして彼らは、この先に待つ試練を乗り越え、天国への道を見つけることができるのだろうか。

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