美しく青きドナウ

白雪れもん

第1話 青き地獄

深い闇に包まれた空間の中で、ドナウ・カルマンディは目を覚ました。まるで意識が一度途切れたかのような感覚に襲われる。彼はゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。そこに広がる風景は、彼の想像を遥かに超えるものであった。


ドナウの目に飛び込んできたのは、一面に広がる鮮やかな青。空はもちろんのこと、地面、木々、すべてが青色に染まっていた。見渡す限り、他の色は存在しない。青い大地、青い草原、青い海が広がり、その中心に彼は立っていた。目を凝らして見ても、青以外の色を見つけることはできなかった。


「ここは……地獄なのか?」


彼は戸惑いを隠せなかった。地獄と言えば、炎が燃え盛る赤黒い世界を想像していたが、ここにはそのような光景は見当たらない。むしろ、その美しさに心を奪われそうになるほどだ。彼は自分の目を疑いながら、足元を見つめた。確かに、そこには青く輝く地面が広がっていた。触れてみると、それは柔らかく、まるで新緑の芝生のような感触があった。


「ここが地獄だなんて、信じられない……」


彼は独り言をつぶやきながら、周囲を歩き回った。遠くには青い山々が連なり、風に揺れる青い木々が囁いている。風もまた青く、優しく彼の頬を撫でていく。これが本当に地獄なのだろうか? そう思うと、彼の中で一つの疑問が湧き上がってきた。


「天国は、どんな場所なんだろう……?」


もしも地獄がこれほど美しいのなら、天国は一体どれほどのものなのか。ドナウは強い好奇心に駆られた。だが、その思いは一瞬で掻き消された。彼の背後から、誰かが近づいてくる気配を感じたからだ。


振り返ると、そこには白い髪を持つ青年が立っていた。彼は長身で、冷たい青の瞳を持ち、その表情にはどこか哀愁が漂っている。彼もまた、この奇妙な世界に馴染んでいるかのように、自然体で立っていた。


「君もここに落とされたのか?」


その青年は静かに問いかけた。ドナウは驚きつつも、頷いて答えた。


「ああ、どうやらそうみたいだ……。でも、ここが地獄だなんて信じられない。あんまりにも美しい……」


青年は淡々と頷いた。「そうだな。私も初めは驚いた。名前はスワン・ホワイト。君は?」


「ドナウ・カルマンディだ」


二人は互いに名を告げ合った。その瞬間、彼らの間に一種の連帯感が生まれた。地獄に落とされた者同士、共にこの奇妙な世界を探索する運命にあるかのように感じたのだ。


「スワン、君はここに来る前に何があったか覚えているか?」


ドナウの問いに、スワンは少し考え込んでから答えた。「正直、覚えていないんだ。ただ、気が付いたらこの場所に立っていた。それと同時に、私が地獄に落とされたことだけは理解できた。君はどうだ?」


「僕も同じだ。気が付いたらここにいて……でも、なぜここに来たのか、全く覚えていないんだ」


二人はしばらく沈黙し、その場に立ち尽くした。この青い世界に隠された謎を解き明かすには、まず自分たちの過去を知ることが必要だと感じたのだ。


「スワン、僕たちはここで何をすべきなんだろう?」


ドナウの問いに、スワンはゆっくりと答えた。「分からない。だが、一つだけ確かなのは、ここが地獄である以上、何かしらの試練が待ち受けているはずだ。そして、もしも地獄がこれほど美しいのなら、天国がどんな場所なのか……興味があるだろう?」


「確かに……天国がどれほど素晴らしい場所なのか、見てみたい気がする」


ドナウの言葉に、スワンは微笑んだ。「それなら、一緒に探しに行こう。天国への道を」


「天国への道か……」


二人は目を合わせ、共に歩み出す決意を固めた。彼らの前に広がる青い世界、その美しさの奥には何が隠されているのか。天国への道を見つけるための旅が、今始まろうとしていた。


ドナウとスワンは、青い大地を進みながら、周囲を観察した。彼らは目に見えるすべてのものに注意を払い、何か手がかりを探そうと試みた。だが、その努力にもかかわらず、特に目立った変化は見られなかった。世界は依然として静かで、青い風が吹き抜けるだけであった。


歩き続けてしばらく経った頃、彼らは突然、青い森に足を踏み入れることになった。木々は高くそびえ、葉は青く光り輝いていた。森の中は暗く、光が差し込むことはほとんどなかったが、その中にも微かな青い光が漂っていた。


「この森の中に、何かあるかもしれない」


スワンが前を歩きながら言った。ドナウもその言葉に同意し、彼に続いた。二人は注意深く歩みを進め、森の奥深くへと向かった。


やがて、森の奥で彼らは一つの奇妙な光景を目にした。そこには、青く光る石があり、その石は何かを象徴するかのように静かに輝いていた。石の表面には、何かが刻まれているようだったが、それを読み取るのは困難だった。


「これは……?」


ドナウが手を伸ばし、その石に触れようとした瞬間、突然、強い風が吹き荒れた。風は青い砂を巻き上げ、視界を遮った。ドナウとスワンは驚き、後退した。


「気をつけろ! 何かが起こるかもしれない」


スワンの警告が響く中、風はさらに激しくなり、彼らの周りを渦巻いた。そして、次の瞬間、風が止み、青い砂が静かに降り積もった。


ドナウとスワンは驚きながらも、再び石に目を向けた。今度は、その石がゆっくりと開き、中から青い光が溢れ出した。その光は彼らの足元に広がり、一つの道を形成した。


「これは……天国への道なのか?」


ドナウは信じられない思いでその光の道を見つめた。スワンも同様に驚きの表情を浮かべていたが、やがて冷静さを取り戻し、頷いた。


「たぶん、これが天国への道だ。だが、これが本当の天国へと繋がるのか、それとも……」


彼らは一瞬の躊躇を見せたが、結局、ドナウは決意を固めた。彼はスワンの方を向き、力強く言った。


「行こう、スワン。たとえどんな試練が待ち受けていようとも、僕たちなら乗り越えられるはずだ」


スワンも頷き、二人は青い光の道へと足を踏み入れた。その道の先に何が待っているのか、誰も知ることはなかった。しかし、彼らは天国への希望を胸に、進むことを決意した。


青い光が二人を包み込み、その光の中で彼らはゆっくりと前へ進んでいった。やがて、彼らの姿は光の中に消え、青い森は再び静寂に包まれた。彼らが向かう先には、真実の天国が待ち受けているのか、それとも……。

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