失敗作は成功の平行世界を守り抜く
@kanariaarcana
第1話
銀の閃光が僕の体を切り裂き、鮮血が舞う。
これまでの疲労の蓄積と血を多く失ったことにより、僕の体は膝をつき、天を仰いだ。
人類の希望―――勇者パーティーが油断を許さないと言わんばかりの攻撃の体制を取っている。
「――ここまでだな。勇者。いや、裏切りの
燦然と輝く黄金の髪を纏う女が、僕に白銀の剣を向ける。
……ああ、そういえば、僕は勇者だった。
転生前からあんなに追い焦がれていた、不思議な
それが、こんなことになるなんてな。
「何故、我々人類を裏切った?」
「あ?そんなの……」
なんでだっけ?
勇者の子として生まれて、誰よりも努力して、そして……
思い出せない。
自分が人類の敵――魔王軍に入軍したきっかけが。
思い悩んでいる僕に対して、勇者パーティーの彼女彼らが語りかける。
「何で魔王の仲間になってしまったのよ!この愚図!」
幼馴染だった聖女。
「お前はそんな人間ではなかった筈だ…!」
学園でライバルだった剣聖。
「貴方は最低です………何故そんなことを……」
同じ『証』をもった賢者。
「私も、同じ勇者として、仲良くできると思っていたのですがね。」
―――同じ勇者。
―――ああ、思い出した。
まるで天啓かのように、僕はその記憶を思い出した。
それと同時に、圧倒的な無力感と、行き場のない怒りに苛まれる。
「―――お前らのせいだろ?」
最低だ。彼女達には関係ないこんなことを、喚き散らかすなんて。
「ふざけるなよ、お前らがいるから、俺は幸せになれない。なんでお前らができることを俺ができて当然なんだ?お前らのせいで、俺の努力は報われないんだ!――勇者になんてなりたくなかった!お前らがいるせいで、俺は何時までも不幸なんだよ!!」
憎い。弱いことが。
勇者として生まれたくせに、最後は無様に膝をついてかつての仲間に罵詈雑言を吐いて死ぬなんて、果たして僕が望んだ勇者像だっただろうか?
そんなことは、絶対にないはずなのに。
結局、こうなってしまっている。
前世も含めて僕という人間は屑だ。いや、屑以下であろう。
本当は、こんな人間を変えたくてこの世界で考えらんないほど努力したってのに。
ああ、思わず笑いが込み上げてくる。
そんな僕に勇者は剣を振り上げ、冷徹な眼を突きつけた。
「――貴方の言い分はよくわかりました。では、さようなら。」
彼女の白銀の剣が光を反射して、僕を映し出す。
魔王から直々に作ってもらった戦闘服は左肩から右下に大きな刀傷と穴が所々できてボロボロだ。
そして、絶望に染まって今にも死にそうな顔。
まぁ、今から死ぬんだが。
彼女が振り下ろした剣が僕の首を斬――――――
―――らなかった。
どこからか飛んできた魔術が僕の体に当たって、僕は勇者と反対の方向に吹き飛ばされる。
「あんた、いつまでも魔王軍の邪魔すんのね。」
禍々しい角を頭部に生やした彼女が言った。
魔王軍No.2 「殲滅」のメデア。
一騎当千の強者である彼女は、凍てつく視線を僕に向けている。
「何処にいると思ったら……お前じゃ無理だ諦めろ。」
「うっさいわね。助けてやったんだから黙ってなさい」
絶体絶命を前に、傲岸不遜の態度を見せる彼女。
それには、勇者パーティーでさえも警戒を強めていた。
「―――おまたせ。」
凛とした声でここに舞い降りた。
突如、押しつぶされるような圧力、この世の終焉を具体化したかのような存在感。
「ごめんね、リン」
―――魔王だ。
彼女は天使のように整った顔で、僕に話しかけた。
「なにやってんだ、逃げろ。お前らじゃ勝てない。」
「そっか、ならリンは逃げて。」
「何言って……ふざけるな!おい!」
掴むように伸ばしたその手を、彼女は優しくその手を握った。
「私は弱い。だから守ってあげれないの。ごめんね。」
「そんなことはどうでもいいんだよ!!お前らは生きろ!!逃げろよ!!」
「そうだよね。そうだと思った。」
彼女は手に魔法陣を展開し、僕に魔法を放つ。
僕は倒れ込む。
「ぐうぅぅ!?……ぅぅぅぅ……」
「こうするしか、貴方を止められない。私は貴方に生きてほしい。」
そう言うのと同時に、彼女は『神鍵』を僕の傍に置く。
『神鍵』。
膨大な魔力を込めることで願いが叶うと言われる『神具』だ。
だが、僕はこれを起動できる魔力はもっていない。
「これを使って貴方の人生はやり直せる。魔力は入ってる。だから貴方の望みを言うだけ。」
彼女はまた魔法を使った。
転移魔法。対象は―――僕。
「好きだよ。さようなら」
彼女は言った後、勇者と対峙した。
瞬間、世界が白くなっていく。
「あ……ああああ……待って…待ってくれ…」
思わず漏れた言葉は誰にも聞こえることなく、僕はこの場を去った。
□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇
今にも倒れる体を錆びた剣で支えながら、魔王城の中を歩く。
仲間だった塵を踏みつけて、必死に走る。
やがて、彼女達が戦った場所――魔王の間の扉につくと、僕はいつもより重く感じる扉を全力で開く。
「あ、あ、あ……うわぁぁぁぁ!!!!!!!」
勇者パーティーの遺体、そして魔王と「殲滅」だった塵が、僕の目を奪う。
自分の体の状態すら顧みず、一心不乱に走る。
「あがっ!……がぁぁぁ……」
足がもつれてあと一歩のところで転んでしまった。
どんなに必死に手を伸ばしても、彼女達の体には届きそうもない。
なら立ち上がろうと体を起こそうとしても、力が入らず動かない。
「ははっ……死ね……死んじまえよ……」
僕には、彼女達の最期を知ることすら、一緒に戦うことすらできない。
伝えられた思いですら、僕は自分の思いを明かすことなく終わってしまった。
僕に何ができた?
ない、ない。ない。
僕には何も無い。
結局、自分がしてきた努力だって、他の人からすれば微々たるもので、それを成果にできることは一度もなかった。
僕がしてきたことは、無意味だったんだ。
瞬間、体から何かが抜ける感覚が全身を襲い、意識が消えていくようになる。
多分、全身に張っていた生命強化の魔法が解けたんだろう。
嗚呼、こんなタイミングで解けるとか、やはり僕は無能だ。
僕は死ぬ。こんなくだらない結末で。
なら、彼女に提示された希望に縋ってみるしかないか。
胸ポケットにしまっていた『神鍵』を取り出す。
それは、今も魔力を放出しながら、圧倒的存在感を放っている。
『神具』は魔力を込めた瞬間から込められた魔力を外に放出する。
彼女は天然なところがあるし、この性質を知らない可能性があるが。
僕は意識を失う直前まで魔力を掻き集めて切に願った。
―――――どうか、俺にもう一度チャンスをくれ。
視界が黒に染まり、僕は生を手放した。
□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇
「―――――――」
微風が僕の頰を撫でる。
目を開けると視界には随分と久しい見覚えのある森。
「――なんで。なんで破壊されたこの森にいる?」
辺りを見渡すと青々と生い茂っている雑草に、一つ頭抜きん出ている大きな大木。
―――そして、元俺の家であったスパイラル家の屋敷。
というか、やっぱあの屋敷でっかいなぁ。
まあ、将来消えるとしても公爵家だもんなぁ、あそこ。
自然も豊かで、いいとこに建てたよなぁほんと。
あ、あそこに的あてゲームした跡が残ってる。懐かしいなぁ。
少し感傷的になった僕だが、この状況は精査しなければならないと考え、行動する。
僕の間違いないでなければ、おそらく―――
僕は木を伝ってスパイラル家の庭を見渡せる高さまで移動して、庭を見る。
スパイラル家の夫人―――僕の母親は花が好きなので、庭には花園が広がっている。
花園の中心にいる人物を見つめたとき、僕は驚愕した。だってそこには―――
「あはは!お兄ちゃん!」
「どうしたんだい、リリア。おやそれは綺麗な――」
――存在しないはずの妹と、僕――リン・スパイラルがいるのだから。
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