第22話 無機質な音が遠くで響いた

 翌日早朝、夜明け前の門も開いていない時間に下宿から出発する。


 城下の南北の大通りは南へ行くと二手に分かれ南門と東門があり、東西の大通りは西側へ行くと市場や西門があるため、門が開くと人が増えてくる。しかし、東西の大通りの東側は裏手門のみで通行も制限されているため、わっと人通りが増えるわけではない。東側の区画には鍜治場など手工業ギルドの建物が多いが、朝は下準備で忙しいため騒ぎにはなり辛いだろう。


 エイリュースは娼館近くの入り組んだ場所にある下宿に居るらしい。周辺を確認し、逃走経路を三組で封鎖。リーメに誘導してもらい、ヘイゼルが接触。リーメが近くの建物の屋根に上り、お互いの連絡はリーメからの魔法で取る手はずだが、リーメの視界内にしか声を飛ばせないのでパートナーのどちらかがリーメの視界内に居る必要がある。



 ◇◇◇◇◇



 リーメは黒豹っぽいのに変わるとヘイゼルを誘導して先行する。

 黒豹……なんか足が六本あったような気もしたが……。


 やがてリーメが目標近くの建物の屋根の上に顔を出す。この辺りは大通りに近い下宿と違って二階建てや三階建ての低めの木造の建物が多い。リーメはどうやって登ったのか知らないが、三階建ての建物の屋根の上から顔を出し、耳元で響く声を送ってくる。


『ヘイゼルが建物に入る』


 ヘイゼル――正直なところ、彼女に不安が無いわけではない。もしかすると、エイリュースの強い言葉に負けて屈服させられるかもしれない。だがそれは彼女が信用できないわけではない。まだ、あいつから離れられるほど十分な時間と心の成長ができていなかったというだけのことだ。その場合はリーメに魔術で襲うよう指示してある。重要なのは包囲の中であいつに接触できるかどうかだ。



 半刻ほど経つ。リーメから――動いた――との言葉。数瞬のち、何かが激しくぶつかるような音が静まり返った通りに響く。


 ヘイゼルが剣と小盾を構え、通りに後退あとずさってくる。無理はするなと言ってあった。予定通りだ。


 後を追って歩み出てくる人影。日は登っていないが空は十分明るい。奴の顔が見える。


「見慣れた顔だけど、中身が一段と不細工だなあ」


 声をかけると奴は一瞬、驚いた様子だったがにやりと笑う。


「ヘイムが居るから妙だと思っていたが……追放されたお前が何故ここに居る」


「追放は知ってるんだな」


「その様子では弟はまた失敗したようだな。奴も手間が省けることだ。私が直接手を下してやろう」


 次の瞬間、エイリュースが俺に向かって瞬く間に距離を詰めてくる。

 ヘイゼルは間に入ろうとするがそれ以上のスピード。


 バン!――衝撃音と共に張り巡らされた壁が奴の剣を止める。


「この力でも通らんのかっ」


 斬撃を弾かれたエイリュースはその勢いで踵を返すと背後のヘイゼルの追撃を剣で止めた。そこにアリアが『加速』で短い距離を詰めて斬りかかるが、これも奴の剣に止められてしまう。飛んでもなく強いのが俺でもわかる。だが――


フォートレス!」


 アリアが間近の距離から再び光の壁を作ると、その衝撃でエイリュースは弾かれ、通りに転がった。再会した時から使い始めた戦法だが凶悪どころかハメ技だよなアレ。


 エイリュースは倒れたところへ迫りくるヘイゼルのさらなる追撃を撥ねるように転がって躱し、立ち上がってヘイゼルと切り結ぶ――がヘイゼルは押され気味だ。


「ヘイゼル、無理はしないで下がって!」


 再びアリアが『砦』を解いて突撃する。奴はさすがに同じ手は食わないと、アリアの攻撃を弾いて三叉路まで下がるが、今度は反対側から声がかかる。


「アリアさん、防御を!」


 ハルの声にアリアがその場でヘイゼルを巻き込んで『砦』を展開すると同時に、今度はエイリュースの周囲を巻き込んでアオの起こした突風が吹き荒れる。


 ぐがぁっ!――エイリュースの体が切り刻まれ、建物の壁や柱にも鉈で斬りつけたような傷跡が次々とつく。


「まだ立ってる。もう一発!」


 ハルが言うよりも早く、次の突風が吹き荒れる。奴は身を低くして頭を庇っている。


「もう一発!」


 いやハルもアオも容赦ねえな……。三発目の突風が収まると、膝をつくエイリュースの姿が現れる。体中をズタズタに引き裂かれている。


「エイリュース様! もう諦めてください!」


 ヘイゼルが声をかける。エイリュースは項垂れたままちらりと後ろを見やり、笑ったように見えた。刹那、『加速』を使ったエイリュースはアオに向かって斬りかかる。


「「『スキア』!」」


 アオが『盾』を展開すると同時に隣に居たハルがアオの前に踏み出し、同じく『盾』を展開した!


 エイリュースの剣はハルとアオの二枚の魔法の盾を貫き、再びハルの腕を切り裂く。致命傷ではないだろうが恐るべき威力だ。


 アオは日本刀のような曲刀で奴に斬りかかる。刀自体は躱されるも、刀を追うように光の屈折が舞うとそこに踏み込んできたエイリュースが切り裂かれる。


「勇者の力か、忌々しい!」


 エイリュースが斬り返すとアオが捌ききれずに肩口を裂かれる。大きな傷ではないが呪いが厄介だ。背後からヘイゼルが奴に斬りかかるがこれも躱される。


「しぶとい! どうなってんのよ!」


 アオがキレてるがエイリュースに刀が当たらない。光の追撃も致命傷にはなっていない。それ以前に奴は体中切り裂かれているのに平気で動いている。魔女の祝福であそこまで強くなっているのだろうか。二人の攻勢を捌くエイリュースに衰えが感じられないどころか、アオとヘイゼルに刀傷を刻んでいく。


 アリアは大きく迂回して三叉路の横道側から奴の背後から再び突っ込み、『砦』で奴を弾き飛ばす。さすがに三人は捌ききれなかったのか、壁に向かって打ち付けられるエイリュース。壁を背に、四人に取り囲まれていた。が――



 ぐあぁぁあっ!――男の苦悶の叫びが響く。叫び声をあげたのは――俺だった。


 かつて経験した身に覚えのある背中への熱い一撃。そして倒れたところへ更なる一撃。体中に電撃が走ったような激しい痛みに支配され動けない。



 悲鳴を上げながら『加速』で走り寄ってくる赤髪の少女。

 あれだけのスピードだというのに……俺は命の危険を感じ、全てを網膜に焼き付けようとしているのだろうか。何もかもがスローモーションのように見えた。


 ――俺が警戒を怠っただけだよ。アリア、慌てないで。


 アリアは俺の背後に居る何者かを斬り捨てた。


 ――先に奴を捕まえるんだ。


「ルシャ! ユーキくんを!」――アオが叫んでいる。


 ――奴から目を離しちゃダメだ。


 エイリュースがヘイゼルを切り裂く。


 ――ハル、アオを守って。


 ハルはアオの前で『盾』を展開する。しかし、奴の走る先はアオの目線の先だ。


「やだ!!!! ルシャ逃げて!!!!」――アオが奴に一歩遅れ、悲鳴のような叫びを上げながら走り出す。



 ドサッ――そんな無機質な音が遠くで響いたような気がした……。







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