お人好し転生者の異世界冒険譚

山本あかり

第1話 転生

佐藤類(サトウルイ)、地方建設会社の総務部長、今月60歳になって定年退職を迎える中間管理職のおじさんである。


それはある晴れた日の午後、仕事からの帰り道。


「あぶないっ!」


類は交差点で信号待ちをしている女性を叫びながら引っ張った。

女性は尻もちをついて転んだ。

類は女性を引っ張った反動を踏みこたえられず、前につんのめって居眠り運転のトラックに派手に吹っ飛ばされてあえなく即死した。


死の瞬間に見ると言われる走馬灯、類は確かにこれまでの人生をなぞるように幸せの断片を垣間見たような気がした。

そして気付くと類は真っ白な空間に居た。


目の前には20歳くらいの男性が微笑してこちらを見ている。

白い布、トーガをまとってギリシャ神話に出てくるような格好をしている。

「コスプレ?」と、首を傾げてぼんやり言ったら若い男は声をかけてきた。


「佐藤類さん、あなたは事故に巻き込まれてお亡くなりになってしまいました。」


類は今起きたことを思い出しながら答える。


「は?何を言って・・・」


周囲を見回し、真っ白な空間以外は何も見えないことを認識したとたんにブルっと脅えが走る。


「本来はあなたが助けた女性が亡くなるはずだったのですが、代わりにあなたがお亡くなりになってしまいました。今は私のチカラでこの空間にとどめていますが、時間もあまりないので今後のことをお話ししても良いでしょうか?」


男性が心苦しそうな表情で問いかけてくる。

類はなんとなくこの男の話は本当だろうと理解した。


「あの、今後のことを教えてください。」


男性は話し始めた。


「申し遅れましたが、私はユピテルと申します。あなた方が言うところの神という存在です。今後のことですが、元の世界へ生き返らせることはできないので異世界で生まれ変わるか、この世界の輪廻の輪に戻って頂くかの二択となります。」


「え?ちょっ、あのっ?死ぬか違う世界で生まれ変わるかの二択ってことですか?それって生まれ変わるしか選択肢がないんじゃ?この年で違う世界で?」


類はまくし立てるように問いかけた。


「生まれ変わりを選択した場合は、今の記憶を持ち、若返った身体で新しい世界に適応した全言語理解と不自由しない程度の力を差し上げます。」


「異世界ってどんなところですか?若返りって何歳くらいに?」


「そうですね、類さんがいた世界と比べて文明は少し遅れていますが、魔法が使えてドラゴンなどがいる世界です。年齢は丁度成人というところでしょうか。」


「ドラゴンですか?ファンタジー映画のようですね。でも、言葉に不自由せずに力をもらえるなら少しは希望をもてる気がします。転生を選択します。」


ユピテルは類の言葉を聞き、穏やかに微笑みながら頷いた。


「あっ、あのっ、すみません。転生する前に家族と少しでも会うことはできませんでしょうか?」


焦ったように類が問いかけるとユピテルは少し考えてから答えた。


「そうですねぇ、本来はダメなんですけど・・・少しだけ話せる時間を作りましょう。」


ユピテルは右手をふいっと振って類の顔の前に翳すと類は自宅の部屋で妻の真智と向かい合っていた。

真智は泣きながら類へ抱き着いたが類は半透明の幽霊状態になっていた。

触れ合うことはできないが言葉は届くようで、類は真智に今日起きたことと今までの感謝を告げた。

そして最後の言葉を伝える。


「真智、今までありがとう。君と出会ってから俺は幸せだった。真樹(娘)と共に幸せになってくれ。真樹に会うことができなくて少し残念だが君から伝えて欲しい。たくさんの思い出をありがとう。」


真智は目に涙をしたためて答える。


「こちらこそずっとありがとう。私も幸せだったよ。」


その言葉を最後に真智の目の前から類はすっと消えた。

真智は布団から体を起こし周囲を確認する。


「やっぱり夢だったのかな・・・」


呟きながら少しの間、類の言葉をかみしめて窓から外を眺める。

月がとても明るい夜であった。


元の白い空間に戻った類はユピテルに向かって言った。


「ありがとうございました。これで次に向かって進めます。転生をよろしくお願いします。」


ユピテルは穏やかに微笑み、静かに類の顔へ右手を翳す。


「お金も少しですがお渡しします。あと、魔法はコントロールが難しいと思うので使い方を学んでください。教会で祈れば私と会えるでしょう。それから・・・あ、これはその内わかるでしょう。それじゃ、いってらっしゃい。」

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