第9話 日々の暮らし
エミリアは森の中での生活に徐々に慣れてきたが、
心のどこかで居心地の悪さを感じていた。
今日もまた、彼女は畑でクワを振るいながら、これまでの自分の人生を思い返していた。
かつては狩猟を生業としていたエルナンデ部族の一員として、自由に森を駆け巡り、獲物を追いかける日々を送っていた。
しかし今は、単調な畑仕事に追われる毎日。
畑を耕す手に力が入るたび、奴隷だった頃の苦い記憶が蘇り、心が重くなる。
先生はエミリアに無理を強いないよう配慮してくれたが、それでも彼女の中には納得できない思いが渦巻いていた。
もともと彼女は自然の中で生きることが好きで、狩りをしている時は自然の一部として自分を感じられた。
だが、畑仕事ではその感覚を得ることができず、ただ単に「やらなければならない」義務としてこなすしかなかった。
ある日、エミリアはこの思いを抑えきれず、アイ・オーンに打ち明けることにした。
アイ・オーンは彼女の教師であり、心の支えでもある存在だ。
エミリアは心の奥に秘めていた不満を全て話し終えると、アイ・オーンはしばらく黙って彼女の話を聞いていた。
そして、彼は穏やかな目でエミリアを見つめ、ゆっくりと語り始めた。
「エミリア、君の気持ちはよくわかるよ。狩猟は君の生き方に合っているし、その自由さや喜びは何物にも代えがたいものだ。けれど、畑仕事にもまた、別の価値があるんだ。」
エミリアはアイ・オーンの言葉を聞きながらも、すぐには納得できずにいた。
「でも先生、畑仕事はやっぱり性に合わないんです。狩りはスリルと解放感があるけれど、畑仕事はただの労働に感じます。」
アイ・オーンはエミリアの肩に手を置き、柔らかく微笑んだ。
「確かに、狩りと畑仕事は全く違うものだ。狩りは一瞬の集中と達成感があるが、畑仕事は日々の積み重ねが必要だ。だが、それが畑仕事の魅力でもあるんだ。種を蒔き、水をやり、雑草を抜く。その一つひとつの作業が未来の収穫につながっているんだよ。」
エミリアはアイ・オーンの話を聞きながらも、まだ納得しきれずにいた。
彼女にとって、狩りは一瞬の喜びであり、それが生きている実感だった。
しかし、アイ・オーンの言葉にはどこか説得力があった。
彼は続けた。
「エミリア、人間の生活には多様な側面がある。狩りだけではなく、農業や他の労働もまた人間の営みの一部だ。畑仕事には忍耐と責任感を育む力があり、自然との共生を感じることができる。狩りと同じように畑仕事にも、成し遂げたときの達成感があるんだ。」
エミリアは少しずつ考えを改め始めた。
「畑仕事にも意味があるってことですね、先生。」
アイ・オーンはうなずき、
「そうだ、エミリア。すべての仕事にはそれぞれの美しさと価値がある。畑仕事を通じて学べることもたくさんあるんだ。自然のサイクルや、収穫の喜び、それに対する感謝の気持ちもね。」と付け加えた。
エミリアはその言葉に力をもらい、これまでの自分の狭い視野に気づかされた。
彼女は狩りの喜びを知っているが、畑仕事にもまた、異なる形での満足感があるかもしれない。
彼女はアイ・オーンに感謝し、新たな視点で畑仕事に取り組む決意をした。
「わかりました、先生。畑仕事も大切にしてみます。」
アイ・オーンはエミリアの決意に微笑み、肩を叩いた。
「素晴らしい。わたしは君の成長が楽しみだ。」
エミリアはその言葉を胸に、畑に戻りクワを握った。
土の感触がいつもとは少し違って感じられた。
彼女は初めて、畑仕事の中にも生命の息吹と人間の営みの一端を見出すことができた。
狩りと同じように、ここにもまた意味があるのだと気づき、彼女は新たな意義を見つけながら日々の生活を続けていった。
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