救世主物語

erunas

第1話 父と娘の絆

砂漠の夜は、昼間の灼熱と対照的に冷たく、静寂に満ちていた。

遠くで風が砂丘を撫でる音が、無限の広がりを感じさせる。

遊牧民エルナンデ族のテントは、低く揺らめく焚き火の光で照らされ、その炎の暖かさだけが、広がる寒気から逃れる唯一の手段だった。


エミリアはその火をじっと見つめ、淡いオレンジの光が父親の顔を映し出すのを静かに眺めていた。

イーシャス=エルドランは年を重ねた顔に深い皺を刻んでいたが、その瞳には智慧と優しさが宿っていた。

彼は、この砂漠の過酷な環境で、長年にわたり族を導いてきた。

今もなお、星々の導きを信じ、家族と共に大地を旅し続けている。


「パパ、星たちはどうしてこんなに遠くにあるの?」エミリアは、小さな声で問いかけた。目には好奇心と不安が交錯していた。

彼女は幼い頃から、星に強い憧れを抱いていた。

何度も夜空を見上げ、あの無数の光が自分に何を語りかけているのか知りたかった。


イーシャスは娘の問いにゆっくりと目を閉じ、少しの沈黙の後に答えた。

「遠いけれど、星たちはいつも私たちの近くにいるように感じるよ。彼らは、私たちがどこにいても見守ってくれている。祖先たちの魂が宿っていると言われているんだ。」


「祖先たち?」エミリアの声は少し驚きを含んでいた。

「彼らも星になったの?」


イーシャスは静かに頷き、焚き火に木をくべた。

「そうだ。私たちの先祖は、この大地を旅し、星を道しるべにして生き抜いてきた。そして死後、彼らの魂は星となり、夜空を照らしている。だからこそ、星を見失わない限り、私たちもまた道を見失うことはないんだよ。」


エミリアはその言葉に静かに聞き入り、顔を夜空に向けた。

無数の星たちが輝いていたが、今までとは違った意味を持って見えるようになった。

彼女にとってそれはただの光ではなく、過去からの声、家族の歴史そのものだった。


「パパ、私も星みたいになりたい。みんなを導けるように強くなりたい。」

彼女の言葉はまっすぐで、純粋な決意に満ちていた。


イーシャスは微笑んだが、その瞳の奥には深い思慮が感じられた。

「エミリア、強さとはただ力を持つことではない。知恵と勇気、そして優しさが揃って初めて真の強さとなる。星たちが我々を導いてくれるのも、その光がただ強いからではなく、その光がどんなときも変わらずにそこにあるからだ。」


彼の言葉を聞きながら、エミリアは心の中で父の教えを反芻した。

星たちのように、変わらぬ存在であること。

そのためには、自分を磨き続けなければならない。


「じゃあ、私はどうやって強くなるの?」

彼女は再び問いかけた。瞳の奥には希望が揺らめいていた。


イーシャスは再び空を見上げた。

「まずは自分自身を知ることだ。自分の弱さも含めて受け入れる。そして、困難に立ち向かうときにこそ、学ぶことができる。どんなに強い人でも、誰かの助けが必要なときがある。それを忘れてはいけない。強さとは、自分一人で生き抜くことではなく、周りと共に生きることなんだ。」


エミリアはその言葉を静かに聞き入れた。

彼女の小さな心に、父の教えが深く刻まれていくのを感じた。風が再びテントを揺らし、焚き火の炎が一瞬、大きく揺れた。


「いつか、私も星のように輝ける日が来るかな?」彼女は少し不安そうに呟いた。


イーシャスは娘の肩に手を置き、優しく微笑んだ。

「その日が来るさ、エミリア。お前が強くなり、知恵を持ち、誰かを助けるとき、きっとその輝きは周りにも届く。そして、その時には、誰かがまたお前を星のように見上げるだろう。」


エミリアはその言葉に励まされ、胸の中に新たな決意が生まれた。

夜空に輝く星々は、これからの自分の旅路を照らし続けてくれるに違いない。

そして、いつの日か自分もまた誰かを導く星となることを夢見ながら、彼女は焚き火の温もりの中で父と共に静かに時を過ごした。







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