第2話プロローグ②

「ごめんなさい、父さん。その……」


 私と父親は、怪物たちとの戦闘のせいで可笑しくなってしまった森を離れ、長年放置された山奥の廃村で休息を取っていた。

 住居は腐り果て崩れ、生命力が強い雑草が生い茂る放置された廃村で、父は地面に尻を付き、木に逆さに吊るされた私の言い訳を険しい顔で聞いていた。


「どうしても、奴らの攻撃の威力が気になって……、今度は父さんの手を煩わせない」


逆さ吊りの何とも情けない状態で決意の表情を父に向けるが、父はより一層、険しい顔を向けた。


「はぁ、手を煩わせたことに失望したんじゃない」


 深いため息をついた父はゆっくりと立ち上がり、近くにある木刀を手に取った。そして、よくできた木刀を私の腹部に向け、力を籠めて振りかざし始めた。

ドッ! という鈍い音が私の腹部から鳴るも、父は手を止めない。


「お前は何度注意したらわかるんだ? やつらは人間じゃない。正真正銘の化け物だ。様子を伺うな。見つけたら即始末しろ」


 私の腹は、何度も何度もその木刀で殴られる。しかし、私は父の説教を話半分で聞き流した。

私にとって父親の暴力は、幼少期の頃から何度も受けてきた罰。いや、体罰と言うより、躾のなっていない子供の「尻を叩く」行為に該当する。

そんな暴力に慣れた私は、父の攻撃にへこたれるどころか、「これは、長くなるな」と予想し、隙を見て反撃をしようとしていた。

まず、魔力を練る。

形や大きさを身近なもので例えると、野球ボールくらいの大きさだ。

中身は空気でパンパン。

少しでも衝撃を与えると破裂しそうなほど、詰め込める分だけ詰め込む。

次に体を振り子のように揺らす。

これは塊を投げやすくするためだ。父親の攻撃に合わせて、自然に。

狙うのは、父の顔面。

なるべく防がれないよう放つタイミングを考え、魔力を限界まで練っていく。


(……今!)


 父が腹部に木刀を打ち込んだと同時に、練りに練った魔力の球を顔面に向け解き放つ。

その威力は、周りの雑草やら家屋やらを巻き込むほどの衝撃。


(成功した!)


 魔力の塊が産んだ攻撃力に心の内で、ほくそえんだ私は、父が遠くに吹き飛ばされたことを確認し、ロープの結び目を素早く解く。

 今から父と修行(外から見れば死闘)をしなければいけない。魔法や魔法で作った武器を使用してはいけない、とても滅入る修行だ。しかし、父の相手をするには、武器が必要だった。そこで、先程まで私の足を縛っていたロープを使う。

良い長さまで切ったロープに魔力を通し、父との戦闘に備える。

 柔らかいロープも魔力を通せば、良い武器になる。

 これは修行を始めた時に父から教えてもらった魔術の応用だった。

 ロープを体の一部と思い込めば魔力は流れ、武器になる。ただし、魔法とは違い硬くなるだけ。基礎中の基礎ではあるが、武術などでいう基本の型を応用したようなもの。

 思い込みが足りなければ、それはただのロープ。多少の武器にはなるが火には弱く、刃物に弱い。

 父が崩れた家屋をどかし出てきた。

 私はより一層身を引き締め、ロープを強く握る。


「今のは、いい攻撃だった……」


 父が上着を脱ぎ捨て、首を鳴らす。


「よし! 修行を始めるぞ。ルールは今まで通り、俺を殺す勢いでかかってこい。半端な攻撃をしたらただじゃ済ませない。わかったな」


 酷く長い、死闘の時間が訪れた。



――★――



父との死闘を始めてからどれくらいたったのだろうか。

日が沈んでも、また昇っても私と父は攻撃の手を止めず、身を切っても、骨が砕けても決して止まることは無かった。

雨が降ってきた。

かなりの土砂降りだ。

血まみれの服が濡れ、血を洗う。

土が濡れ、水たまりが出来る。

父を水たまりがある方向に誘導すれば、隙を作れるのではと考える。が、見破られ逆にその水たまりに私の背中つけさせる。

私は見破られた悔しさから、水の冷たさを感じていた。


「くだらない作戦だ。精一杯考えたのだろうが、お前は攻撃がまるわかりすぎる。それに……」


 息を切らさず、淡々とした口調で私の欠点を述べる父。

 一通り言いたいことを述べると、空を見上げチッ! と舌打ちをした。


「それにしても、雨が鬱陶しいな。まぁ、いい。今日はこのくらいで見逃してやる。明日は、姑息な手を使わず、俺を殺めて見せろ」


 冷酷に見下しながらもどこか悲しそうな表情を見せる父は、私に背を向け歩いていった。

 父が去った後、私はすっかりと冷えた体を起こし、父が去っていった方向とは反対のほうに歩き出す。

 痛みはもうとっくに引いた。

 あるのは、不快さと父への怒りだけ。


「なぁにが「私を殺めてみろ」だ。戦闘狂が」


 私は父を心底憎んでいる。

 理由は、この訳の分からない修行と言う名の殺害行為に、長年付き合わされてきたからだ。

 私が児童養護施設にあるブランコを漕いでいた時、謎の男が私を引き取った。それが、父だった。

 突如私は、謎の男に引き取られ、闘う武器を持たされ、「私を殺めたら解放してやる」と言い放ち、訳の分からぬまま「修行」という名の暴力を受けた。

 逃げようと何度も思った。

森を抜け、山を越えてもあの男からは逃げることが出来ない。そして、地上が怪物に支配され、ますます逃げられなくなった。

私は仕方なく男が言っていた「私を殺めろ」という行為に付き合わされることに。

「……なんで私がこんな目に」

 人類は皆、地上から逃げ、地中に引っ越しをしたらしい。

 まだ、少し地上に人は残っているかもしれないが、あんな化け物たちが蔓延る地上で死闘を繰り広げる馬鹿は私たちしかいないだろう。

――許されるなら、早く抜け出したい。

 強くなる理由は、それだけだった。

 殺されないため、また父から受ける暴力を必要最小限にするため、私は強くなるしかなかった。



――そして、現在


私は戦闘狂になった。

 相手の攻撃をわざとくらうのは、この攻撃がどんな威力なのかを確認するため。また、化け物を確実にライバルと勝手に認識し、怪物の攻撃を盗む。

 あの男よりかは、戦闘を楽しめていた。

 習得した魔法を試し、怪物の魔法を真似て反撃する。

 すぐ倒してしまっては、自分を高めることが出来なくなってしまう。なので、あの男の説教はいつも話半分に聞いていた。

 どれだけ年月を経ても、とっても父への怒りは消えない。

「明日こそは必ず……」という確かな決意を胸に、寝る場所を探し、私は熟した道を歩き続ける。







――★――







事件が起きたのは太陽が降り注ぐ朝だった。

 私は信じられないものを見てひどく驚いた。

それは、父の一枚の手紙だった。

 内容はあの男らしい端的で、一切の愛情が伝わってこない文章。

 しばらくこの手紙の内容で頭の中が支配されていたが そもそも、私を見つけ出すこと事態がおかしかった。

修行場所である廃村から離れ、今は閉鎖されボロボロになった図書館で休息を取っていたのだが……


「あの男、どこで私を見てやがるんだ……気持ち悪い」


 私の気配をかいくぐり、手紙を丁寧に私の寝ている横に置いたのだろう。

 しかもその内容ときたら「ふざけるな!」と吐き捨て、本人に切りかかりたくなるくらい自己中心的な内容だった。


 内容はこうだ。


――用が出来た。だから、お前はもう自由に生きろ。それと、私を殺して名前を授けるという話だったが、お前が勝手に自分で名乗れ。名は何でもいい。


「長く付き合ってきた人との別れは、こんな簡単なものでいいのか?」


 こうして、私は大きな目標であったものを一夜で無くしてしまった。

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