地上を奪われた人類が地上を取り戻すまで

村野ナナシ

第1話プロローグ

ある日の夕暮れ。


人が長い間手を付けていない森に、大木を何か硬いもので打ちつけているような音が響いていました。


何度も、何度も繰り返し強く打ちつける音。


それは、一人の少年が、一心不乱に剣を模した木を大木に打ちつける音でした。


なぜ、不気味な森に少年は一人でいるのでしょうか。


理由は簡単で、この森が彼ら(彼らとは、父親と少年二人)の居住地だったからです。


彼らは長年、この場所で暮らしてきました。


今この場にいるのは少年一人ですが、父親と少年二人、実力をつけるため、数年前何者かが地上を占拠する前から、せっせと修行に励んでいました。


俗世から離れ、自ら極限の状態に追い込み、親子二人で修行に励む。平和な時代ならば、立派な修行方法ですが、ここは平穏さだけが売りだったころの世界ではありません。



地獄が支配する地球。



この世とは思えぬ化け物がのさぼり、居着いた新世界。


人類はそんな彼らに敗北し、地上という大事な居場所を強奪され、地中に逃げ込みました。


かつての支配者だった人類すらも、太刀打ちできなかった化け物。


ただの人間二人では、気軽に生きていける環境ではないはずです。


では、なぜ彼らはこの化け物が蔓延る世界で生き残ってこられたのでしょうか?

――幸運にも、化け物に気付かれず、今までこの世界を生き抜いてきたから?


答えは、否。


「この我らの縄張りに、うるさいコバエがいるな……」


 彼らが、この世界でも生き残れた答えは、ただひとつ。それは、彼らが人とは思えぬほど強かったから……




―――★―――




 少年は剣を振る手を止め、声の主を視界にいれた。


 目の前には、三メートルを優に超えるだろう巨体が二体、それよりも大きい体を持つものが一体。小さきハエを邪魔くさそうに見ている。


 こいつらは、どれも到底生物とは思えぬ姿をしていた。


 基本のフォーマットは人型で、かなり怪しいが、目を細めてみれば、人類に近い見た目をしている。


 しかし、明らかに人類とはかけ離れていた。


 三体のうち一体を見ると、人にあたる心臓部分は穴が開いており、右肩から左わき腹に向けて棒状の何かが突き刺さり一体化している。この場にいる誰よりも大きい体をもつものを除けば、他一体も部分は違うが大体同じで、身体の損傷が激しい。


 損傷がないのは、激しい前列の二人より、後ろにいる化け物。腕は木の枝のようにうねり、胴体は言葉に上手く表現できないほど、かなり気色の悪いうねうねした見た目をしている。


――怪物


 人間であれば絶対に生きていない容姿。

 しかし、少年は当然、彼らは生きていると考察した。

 動いてさえいれば、見た目がどうれあれ、生きていると考えていたからだ。


「……なぜ? ここにまだハエが残っているんだ? ここらあたりは我らが、地上から追い出したはずだろう?誰が殺し損ねたんだ?」


 この中で一番小さく(といっても、少年より二回りは大きい)損傷の激しいものが顎を摩りながら仲間たちに問いを掛ける。


「お前がマヌケすぎたから、このハエを取り逃したんだろ?」


 その問いに答えたのは、剣を模した木の先を地面に付け、手を休めながら気だるげな表情を浮かべる少年だった。


 意外な回答に一瞬、怪物たちに沈黙の間を作らせる。


 その間も身長差を感じさせないほど、少年は堂々とした立ち振る舞いだった。


 大きさや不気味な雰囲気を感じると、突如現れた怪物が一歩優勢のようにも見える。が、少年は少し見下した声で、怪物を挑発する。



――愚行



 少年の挑発を受けた怪物は、怒りを一切隠さない。


「誰がハエに意見を述べたんだ。えぇ、おい⁉」


 どうやらこの怪物は、人類の精神構造にかなり似ているらしく、少年の安い挑発に簡単に乗ってきた。


挑発に乗った怪物は、自ら顔を裂け、口のように大きく開けた。開けた大きさは餌を待つカバよりも大きく、生物学の構造上不可能な大きさだった。


 この容姿がより一層、怪物さを漂わせる。


 少年はその可笑しくも不気味な仕草に驚きつつ、相手の様子を伺っている。


 しかし、それが悪手だった。


 突如、開けた中心部分が光ったと同時に……



 辺り一帯を荒野に変えた。



 木々が生い茂っていた森は、熱線であろうものに焼かれ、一面赤色に変えた。勿論、攻撃を仕掛けた怪物たちは無事で、炎に皮膚を焼かれつつも気にせず、少年を休ませまいと攻撃態勢に入る。


 ピカッと眩しく何度も光る森。


 負けまいと根強く残っていた木々たちも、何度目かの攻撃に敗れ、残すは火に強い物体だけ。


結論から言えば、少年は生きている。


何処からともなく現れた、半透明な盾を宙に浮かせながら、少年は怪物の様子を伺っていた。


「…………」


 攻撃を受けても沈黙を貫く少年とは反対に、ざわざわと騒ぎだす怪物たち。


 怪物が少年に何度も熱線を浴びせても、その半透明な盾が完全に少年を守っている。

 そんな少年を見た怪物たちは、何度も互いに顔を見合わせる。


 どうやら予想外だったらしく、人類の言葉ではない何かの言語で、互いに言い争いを始めた。


「この程度か……」


 少年は言い争いを始めた怪物たちを見て、吐き捨てるように呟く。そして、距離を一気に詰め前列の二人を、剣を模した木で切った。すかさず、後ろにいた怪物をも切ろうと、少年は大きく振りかぶろうとするが……


 白色の「何か」が、少年の体全体を襲った。


「……ッ⁉」


 その攻撃を防ぎ地面に着地するが、少年はあるはずのない感触を味わう。


 雪だ。


 それもかなり積もった雪が一面に広がっていた。


 理解できず、あたりを見渡す少年。


 メラメラと燃えていた炎はどこにもあらず、白色の森がどういうわけか出現した。

 少年はすっかり変わってしまった景色を眺め、疑問と少しの不安が混じった表情を見せる。


「いやはは、すっかり寒くなりましたな~」


 この景色を生み出した張本人であるはずの怪物は、どこか他人事で、人間である額の部分をペチンッ!と軽く鳴らした。とても小さく、見逃してしまうほど注意するべき行動ではない。しかし、その軽い仕草が少年を地獄に突き落とす。


呆気に取られていた少年を突如現れた、氷と雪で形作られたような龍が襲ったのだ。


龍が作った風圧で飛ばされた少年は、時には噛みつきの攻撃を。時には刺のような氷の鱗で体当たり攻撃を。

さらには少年を飲み込み、更なる極寒地獄に陥れた。


流血をともなうほどの寒さが少年を反撃する間もなく襲い、最後の仕上げと言わんばかりに雪が変化してできた鋭利な剣山に少年を突き落とし、圧倒的な勝利を捥ぎ取ろうとしていた。


怪物は人間でいう口元を動かし勝利を確信した。






「おい、いつまで遊んでるつもりだ?」


――乱入者が現れなければだが。





突如現れた男は、怪物を気にも留めずに素通りして、少年の元へしっかりした足取りで向かう。


 怪物は男の存在に気付けなかったのか、しばらく放心した後、自分の本能に従い攻撃を開始するも、男に当たることは無かった。



 雪が解け、焦げた森へと戻っていく。


 怪物は下部たちに目をやりながらも、意識を閉ざした。


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