恋したい。
神谷類(カミヤルイ)
出会い
市立高校の校舎は、どこにでもある普通の地方高校のように見える。しかし、その中にはそれぞれの事情や感情を抱えた生徒たちが行き交っている。
佐藤玲(さとう れい)は、そんな生徒たちの中で少し異彩を放つ存在だった。彼は他人と距離を置き、自分の世界に閉じこもっている。学校内では「不良」として知られ、誰もが彼に近づくことを避けていた。
玲の鋭い目つきと、無口でクールな態度は、その噂をさらに強めていた。しかし、彼が「不良」として見られるようになったのは、単に家族との問題や、自分を守るために心を閉ざしていただけだった。
毎日、玲は放課後になると、校舎の裏庭へと足を運んだ。そこは、誰も訪れることのない静かな場所で、玲にとって唯一の安らげる場所だった。木々に囲まれ、外からの音も遮断されるその場所で、彼は一人でいることを選んだ。
ある日のこと、玲がいつものように裏庭でタバコを吸っていると、小さな足音が近づいてくるのに気がついた。彼は顔を上げ、視線を向けた。そこにいたのは、ニ年生の宮田響(みやた ひびき)だった。
響は、小柄で華奢な体つきの少年だった。彼の肌は透き通るように白く、まるでこの世のものではないかのような儚げな雰囲気をまとっていた。彼は玲に気づくと、ゆっくりと歩み寄り、小さな声で話しかけた。
「…タバコ、吸ってるの?」
玲は響を一瞥し、無関心を装って答える。
「ああ、吸ってるよ。でも、お前には関係ないだろ?」
響はその言葉に怯えることなく、淡々と続けた。
「ここ、僕もよく来る場所なんだ。静かで落ち着くから」
玲はその答えに少し驚きを感じた。
普通なら、こんなところで「不良」と噂される自分に話しかけることなど、誰も考えないだろう。しかし、響はそんな噂や彼の外見に左右されることなく、自然体で接してきた。
「なんで、ここにいるんだ?」
玲は少し興味を持って問いかけた。
響はベンチに腰を下ろし、遠くを見つめながら答えた。
「ここにいると、心が落ち着くんだ。僕は、あまり人混みが得意じゃなくて…」
玲はその言葉に共感を覚えた。彼もまた、他人との関わりを避けることで、自分を守ってきた。しかし、響の言葉には、玲が持っていない何かがあるように感じた。
それは、彼が自然体で自分の弱さを受け入れていることだった。
「お前、変わってるな」
玲はつい、口に出してしまった。
響はその言葉に微笑んで答えた。
「そうかもね。でも、君も同じじゃないかな?」
玲はその返答に、少し面食らった。
「俺が?」
「だって、ここにいるのって、他の人から離れたいからでしょ?」
響は静かに、しかし鋭く言った。
玲はその指摘に言葉を失った。響の言葉は、彼の心の中を見透かしているかのようだった。玲はしばらく沈黙し、タバコの煙を吐き出しながら考えた。
「まあ、そうかもな。でも、お前みたいに病弱そうな奴が、何でそんなことわかるんだよ?」
響は玲の言葉を受け流すように、「人にはそれぞれ、理由があるからね」と答えた。その答えには、何か深いものが含まれているようだったが、玲はそれ以上追及しなかった。
それからというもの、玲は裏庭で響に会うことが多くなった。響はその場所に自然と現れ、玲と何気ない会話を交わすようになった。
最初は玲も不思議に思っていたが、次第にその状況に慣れていく自分がいた。
響はいつも穏やかで、玲に対して強く押しつけるようなことはしなかった。彼はただ、玲の隣に座り、風の音や鳥のさえずりを聞きながら、静かな時間を過ごすことを好んだ。玲にとって、その時間は次第に特別なものになり始めていた。
ある日、玲は響に尋ねた。
「お前、いつもここに来るけど、家は大丈夫なのか?そんなに外で遊んでたら、家の奴らに怒られたりしないのか?」
響は少し寂しげな笑みを浮かべて答えた。
「家の人たちは、僕が外に出るのをあまり喜ばないんだ。でも、ここにいるときは、それを忘れられるから」
玲はその言葉に、響の家庭環境が複雑であることを察した。彼自身もまた、家族との問題に悩まされていたため、響の言葉に共感を覚えた。
「俺も、家の奴らとはうまくいってない。だから、ここに来るとほっとするんだよな」
玲は少し照れくさそうに言った。
響は玲の言葉に頷きながら、「そうなんだ。君も、色々あるんだね。」と優しく言った。
その一言に、玲の心は不思議と温かくなった。響の存在は、彼にとって唯一の安らぎとなりつつあった。誰にも言えない悩みや孤独を共有できる相手がいることに、玲は次第に心を開いていく自分を感じていた。
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