第42話 この差、狂うには充分過ぎて危険


「失敗した、かもしれない…」


僕はもはや日常となってしまった図書館にあるサルタ殿の執務室で項垂れていた。

ジャックには他の用事を言いつけてある。護衛は執務室の前に立たせている為、僕の情けない姿を晒しているのはサルタ殿1人だけだ。


「どうされたのですか?」

そう言ってサルタ殿は続きを促す。さりげなく行なわれる毒見も僕が素で話すのも恒例となっていた。


「スカーレット辺境伯に疑ってると伝えるような言動をしてしまった。敵対するのも曖昧な落とし所で押さえつけるのもまだ出来ないというのに」


「おや、私にそこまで詳しく言ってしまってよろしいのですか?」


「サルタ殿はノーム教の教えを大切にしているだろう。あと、ジャックには政の件で弱音を吐いてしまうのは申し訳ない。彼は平民だから」


そう、ジャックは平民だから王族が政で弱音を吐いている所を見られ情けないと思われたくなかった。


「ジャック殿なら大丈夫だと思うのですがね…私が信頼されるのは嬉しく思いますが」


「そうだろうか?」


「ええ、逆に信頼されていると思われるかもしれませんよ。それに彼らバトラー商会の者は建国当時からリズリー公爵家に仕えておりますので、平民の感覚も貴族の感覚も持ち合わせているかと思います」


ーーーー


自室に戻り、用事から戻って来たジャックに話しかける。

「ジャック、この前のスカーレット辺境伯との会話なのだが…」


「ああ、確かに殿下は敵意剥き出しでしたね。念の為ウォード家のご子息との面会を早めておきました。当日は陛下の近衞騎士を1人多く貸してもらえる事になったので学園まで俺とその方で迎えに行こうと考えております。王城内で何かあったら遅いですから。」


僕が言いづらそうにしているとジャックはテキパキと対応した事を伝えてくる。


「すまない、面倒をかけた」


「いえ、あのあと殿下は気にされているようでしたので」


驚いてジャックにきく。

「…知っていたのか?」


「殿下が俺になるべく情けない姿を見せないようにしている事ですか?それともサルタ殿の所へ懺悔に行っている事でしょうか?」


ジャックは今までに見た事の無い笑顔を浮かべた。


「知っていたのか……」


ーーーー


「って事があったんだ…」


次にサルタ殿の執務室へ行った時に即座に話してしまった。だってまさか僕の思考がこんなにも筒抜けだとは思ってもみなかったから。


「バトラー家ですからね…。人の機微について幼い頃から鍛えられるそうですよ。だからこそリズリー公爵家の手駒としてここまで栄えたのでしょう」


バトラー家は実を言うと不思議な立ち位置にある。独立戦争時は紫の瞳の一族であるリズリー公爵家と協力し鳥型の魔物“大鷹”を使役して空を支配した立役者で今もリズリー公爵家の元で鷹便の運営を任されている。これだけの事をしていれば貴族位になってもおかしくないが彼らが忠誠を誓うのはリズリー家のみである為頑なに平民のままなのだ。歴史の履修では学ばなかったが調べたら普通に出てきた情報なので知っている人はそれなりにいるだろう。


「サルタ殿はその僕がリズリー公爵家と紐付いている補佐官しか置いてないことに何も言わないんだな」


そう聞くとサルタ殿は少し悩んだ後に言う。


「確かにノーム派の補佐官も置いて欲しい所ですが…残念ながら今の状態で有能な者を送れるほどの余裕はノーム派には無いのですよ。本当に彼らは化け物のような一族です。それに、リズリー公爵家とノーム公爵家は癒術研究と災害発生時において協力関係にあります。まあ、ノーム公爵家がリズリー公爵家に頼ってしまっているわけですが。とても羨ましくはありますが対立はしていません。とはいえ殿下にはこういう風に相談しに来てくださると助かりますが」


そう言うとサルタ殿はいたずらっぽく微笑んだ。相談は私も助かっていたからお互い様だろう。それにしても知れば知るほどリズリー公爵家の凄まじさに驚かされる。と同時にこの活躍が妬まれる事まで容易に想像出来てしまった。


「それは勿論。…それにしても本当に凄い一族なんだな」


僕がつぶやくとサルタ殿はすぐさま同意した。


「ええ。あまりにも印象が鮮烈な為、人はそれと己とを比べてしまうのでしょう」



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