第8話 その道のり、険し過ぎにつき危険


夜、真面目で仕事熱心な補佐官兼従僕を下がらせていつも首にかけている巾着から小ぶりで白い石を取り出す。月明かりを受けてキラキラと輝く純白のそれを少し眺めてからキュッと祈るように握り込んだ。助けられたあの日から日課になってしまっている。


「ルイーズ様…」


いや王子として認められた僕が呼ぶ場合"ルイーズ嬢"になるのか。あれだけ焦がれた男言葉なのになんだか馴れない。


「ルイーズ嬢?……ルイーズ様♪…ふふふ」


差し伸べられた手に、気遣ってくれた言葉に、守ってくれた小さな背中にどれ程の力強さと安堵を感じたことか。あの時、たしかに僕は助けられた。


あの後わざと僕を回収しようとする母上を無視して父上を頼った。そこで僕の性別が父上に露見した。母上が敢えて偽っていた事も。しかしそれでも世間は母上に同情的だ。前の玉座争いの際、第2王子だった父上は少々無茶をしたらしい。母上が権力争いにトラウマを感じ、それを噂されるくらいには。そして、権力争いを引き起こさない為に母上は僕の性別を偽った。


母親の違う2番目のお兄様と関わったのもいけなかったのだろう。母上はどんどん僕に厳しくなっていった。僕はただ、差し伸べられたものに縋っただけなのに。


父上に保護されて最初に言われたことが犠牲を覚悟しておく事だった。保護されてすぐに食事に毒見役がついた。母上はまだ部屋に軟禁されている。まだ父上の保護をすり抜ける僕の命を狙うものはまだ現れていないのだろう。補佐官に頼んで僕に割り振られる自由に使える予算のほとんどを使い上級ポーションを仕入れて毒見役に渡した。

まだそれが使用されることはないがいつまで続くだろう?


でも父上は気弱な部分があるからお母様をずっと部屋に閉じ込めておくことは出来ないだろう。

今のうちに味方を増やしておかなければ。

素敵なあの子が僕の側に来る可能性が低くてよかった。リズリー公爵家の権力は膨大だ。王子が2人も婿入りする事は無いだろう。騎士は男がなるものだ。どんなに勇ましくてもあの子がなる事はないだろう。補佐官は偶然にも忠義に厚い者が手に入った。あの子に代わることは無いだろう。それでも、自分を大切にしてくれる人達に報いる為に自分の権力は正しく使おう。あの子に次会ったとき自分を誇らしく思えるように。だけど嗚呼


「やっぱり隣にいて欲しいと願ってしまうな」


ーーーーー


あの後お姉さまは激怒した。それはもう烈火の如く。


「だから、だからわたくしは心配していたのに!!!わたくしのルイーズちゃんが…!わたくしの可愛いルイーズちゃんが…!!」


お父さまとお母さまは苦笑いしている。私がテコでも動かない事が分かっているのだろう。

「今回の事はすまなかったと思っているが幸いな事にルイーズは無事だったじゃないか。これからもしっかり我が家で護れば問題無いだろう…?」

「何を言っているの!!私の妹の小悪魔可愛いルイーズちゃんはちゃんと困ってる人に手を差し伸べる優しい子なのよ!!」

状況を把握しきれていない義兄さまが無駄なフォローをして火に油を注いでしまっている。

半分は私のせいなので申し訳なく思いつつ、お姉さまのドレスのそでをツイツイと引っ張る。


「お姉さま。」

「ルイーズ、貴女は王族を守る必要なんて無いのよ。貴女は自分の好きな事を好き勝手やる事が出来るの。結婚だって貴女がしたいと思った時にだけすればいいし、貴女の魔法は役に立つから決まった仕事なんてせずにずっとお家で遊んでてもいいの。」


お姉さまはそう言うとぎゅっと私を抱きしめた。

お姉さまの気持ちは痛い程伝わってくる。それでも私はあの約束に応えたい。


「分かってるわよ。ルイーズが考えを変えない事くらい。……今日の夕食からルイーズのご飯に毒を入れるわ。自分に回復魔法をかけながら完食しなさい。最初は3種類、徐々に量と種類を増やしていくから見分けをつけられるようにする事。後で毒物の知識の本を渡すから種類と何処に作用するかを勉強する事。あと、やめたくなったらすぐに言う事。絶対、誰にも責めさせないから。」


「わかりました。」


お姉さまは私の返事を聞くとふらふらと自室に戻っていった。義兄さまとお母さまはお姉さまに付き添っていった。

物言いたげなお父さまが残った。


「ルイーズ、お前は"選んで"しまったのか」

"選ぶ"?将来の事だろうか。それなら確かに心に決めてしまった気がする。

「はい。わたくしは選びましたわ。」

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