2.5組の幽霊

雪だるまん

第1話

こんな噂がある

旧校舎にある二年二組から三組の間にある教室『2.5組』の前に放課後訪れると、誰も居ないはずの中から鼻歌が聞こえてくるらしい。鍵がされているはずの戸を開けて中を覗くと男子生徒が窓辺で外を眺めているという。

その学校へ通った事のある者は全員知っており「噂」を通り越して最早「名物」まで成っていた。特に害を加える事もなく話し掛けたら普通に会話までしてくる。彼に悩みを話したら解決するというから挙って見に来るものだから校舎を出入り禁止にして新校舎を建てたのだとか。それでも教師たちの目を盗んで旧校舎の2.5組へ訪れる若者が後を絶たない。

そんな彼の元へ今日も一人の女子生徒が現れた。

教室の前に立つと噂通り鼻歌が聴こえてくる。なんだか時代を感じさせる古い曲を口吟んでいる。戸を開けると窓辺の席で肘をつきながら外を眺める男子が居た。

「いらっしゃい」

気配に気付いてドアの方を向いて愛想良く席へ促してくれた。

「本当に居たんだ⋯」

「怖くて漏らしちゃいそう?」

彼は戯ける様に冗談を言う姿はまるで人の様に見えた。恐怖というより拍子抜けした感じである。

「名前はなんて言うの?」


噂その一、相談する時に名乗らなくてはならない。


彼に学年とクラス、名前と部活まで答えなくてはいけないという変わった行事。これを答えた方が聞いて貰えやすいらしい。

「二年一組の高橋です、園芸部をしてます⋯」

「へえ、園芸部なんだ、今何を育ててるの?」

「トマトですけど、今関係あります?」

高橋は早く本題に入りたい様子で話を急かす。

「オーケーわかった。でもこれだけは言っておくね、別に解決はしないよ」

「へっ?」

聞いていた話とは違うと高橋は思う。彼氏や先輩達は悩みを解決してくれると口々に言っていたからだ。驚く高橋を見て彼は続けて言う。

「ただ教室に現れて鼻歌かましてる幽霊が悩みや願いを叶えるわけないでしょう?そういうのは神社でしなさい」

「でも⋯でも!」

「あのね、俺はただ悩みを聞くだけだからね?」

ガッカリする高橋。てっきり解決してくれると思って来たのに、見当違いも甚だしい

高橋は呆れて帰ろうとするが、彼に止められてしまう。

「まあ、気持ちは分かるけど試しに話してごらん?相談だけでもできるからさ」

「わかりました⋯」

せっかく先生たちの目を盗んでここまで来たのだ、話すだけ話して帰ることにした。


普段使っている通学路に妙な物が落ちていた。それは安産祈願のお守りでそれなりに年季の入っていた。

いつもなら気にも止めないか気味悪がって近寄らないのだが、何故か目が惹かれてしまう。

高橋はその安産祈願のお守りを拾ってしまった。

自分でも何をしているのか分からないが、気になってしまったからしょうがないと言い聞かせて持ち歩く事に。

まだ自分は高校二年生で未成年だから関係ないのだが、最近彼氏といい雰囲気になってきたからの事があると思ってカバンの中にしまっていたある日の事。

また一人で通学路を歩いていると、前にお守りが落ちていた辺りで黒い服を着た女の人が立っていた。なんだか気味が悪いので俯いたまま素通りする。目の前を通り過ぎる瞬間話し掛けられると思ったが、何も無かった。

なんだと思っていると微かに声の様なものが聞こえる。ブツブツと何かを言っていて上手く聞き取れない。やはり気味が悪いので早歩きでその場を後にする。

そして次の日、また次の日もあの場所に例の女の人が立っている。いつも同じ黒い服を着ていて目の前を通り過ぎると何かを呟いている。他の学生達には見えていないのか、気にしていないのか見向きもしないで通り過ぎていく。

いつしか自分も気にしなくなったある日の事。彼氏と二人で通話をしている時にその事を話してみました。

「実はさ、最近通学路に変な女の人が居るんだよね」

「何それ?」

「なんかね、いつも黒い服着てて目の前通り過ぎるとなんかブツブツ言ってるんだよね〜」

「何それキモ!」

「なんか私しか見えてないみたい」

「マジ?取り憑かれてんじゃね?」

「やめてよ〜」

「今度さ、何言ってるか聞いてみてよ!」

彼氏に嫌な提案をされて断るが、確かに自分も気になる所はある。聞いた感じ毎日同じ言葉を言っているようにも思えて後日、女の人の前を通る時に集中して聞いてみる事にした。

いつもよりゆっくり歩いて彼女の前を通ると

「私の赤ちゃん知りませんか?」

それをずーっと念仏のように問い掛けていたのだ。高橋は恐ろしくなって思わず声が出てしまう。すると今まで動かなかった女性がこちらをヌルリと振り向いてきた。

「私の赤ちゃん知りませんか?」

今度ははっきりとした口調で聞いてきた。今まで見えなかったその顔は酷く爛れていてこの世の者とは思えない恐ろしさがあった。

高橋は恐怖のあまり走り出してその場を後にする。その女性は着いてくることはなかったが、ずっとこちらを見ていた。

明日もあの人が居たらどうしようと考えてしまう、通学路はその道しかなくて別の道を使えば山を越えなくてはならない。

彼氏に相談してみると、とある助言をくれた。

「旧校舎の2.5組知ってるか?」

「あの幽霊の噂?」

「あの人に相談したら何とかなるかもしれない」

彼に言われた通りに旧校舎1階トイレから侵入して会いに来たのであった。


一連の流れを聞いた彼は一言「そのお守りだろ」と答えた。

「やっぱり?」

「今まで見えなかったのに、お守り拾った瞬間から現れたなんて出来すぎてるだろ」

高橋はカバンに入れていたお守りを取り出して彼に見せる。

机に置かれた安産祈願を見つめると、お守りの紐を解き始めた。

「ちょ!何してるんですか!?」

「いやいや、見てなって」

簡単に解けたお守りの中身を机に出すと、黒い何かが出てきた。

「なんですかこれ?」

「見た事ないか?へその緒だぞ」

「へその緒!?」

赤子が胎児に居る時に母親と繋がっていた証の様なもので家とかで保管されているはずの物である。

「なるほどね」

「?」

彼はへその緒をお守りにしまって結び直した。

まだ理解出来ていない高橋に説明をする。

「自分の産まれた子のへその緒を持ってたら、死後母親の元へ帰れるっていう言い伝えがあるんだよ」

その子供や母親が亡くなった時に棺桶と一緒に供養する地域がある。また、子供が病にかかった時にへその緒を煎じて飲めば治るとされていたから神棚などに置いて祀る事もあるという。

どちらかが先に亡くなってしまい、へその緒が見つからなくて今でも子供に会えないでいる。

「そこで、例のお守りを拾った君が現れたことによって目をつけられたって所かな」

「私どうなっちゃうんですか?」

「今日辺りにでも帰ったら接触してくるだろうね、なんなら今も探し回ってるみたいだし」

彼が窓の方を指さすと、グランドに例の女が歩いている。

フラフラと歩きながら辺りを探し回っている。二階の窓から眺めていると、目が合ってしまった。

「ここに居たらマズいんじゃ!」

「安心しなよ、この教室には入って来れないから」

「へ?」

「まあ、届ける手間が省けて良かったね」

「良くないです!何とかしてください!」

ぺたぺたと廊下を歩く音が近付いてくる。2.5組の教室の前まで来ると、例の女の影が浮き上がって戸を開けようとしている。

「あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「ありゃりゃそうとうお怒りだな」

「悠長な事言ってる場合ですか!」

ドンドンと強く叩かれる戸は今にも壊れそうだが、ビクともしない。

「これ返しておいで」

「無理ですよ!」

お守りを高橋へ差し出すも、怖がって受け取ろうとしない。

「返さないとずっと追いかけてくるよ?」

「貴方が行ってくださいよ!」

「君がまいた種だろ、自分のケツは自分で拭きなさい」

「呪われちゃったらどうするんですか!」

「大丈夫大丈夫、守ってあげるから」

彼の言葉を信用した訳では無いが、お守りを受け取って戸へ近付く。戸の向こうでは今でも唸って叩いている。

「準備はいい?開けるよ?」

「へっ!?開けるんですか?!」

彼は椅子に座ったまま指を動かして戸の鍵を開ける。すると例の女が凄い形相で飛び出してきた。

「ぎゃああああ!出たー!」

「出たーってずっと居たでしょ」

恐ろしい女と今にも泣き出しそうな女子高生がぶつかりそうな場面でも呑気に眺めている幽霊。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!私の赤ちゃん!」

「ひぃぃ!」

「ほら返してあげて」

「拾ったりしてごめんなさい!」

高橋は手を伸ばして半分投げるようにして返す、すると大事そうに抱えて動きが止まる。

「お子さん、上で待ってるぞ」

彼は母親に近付いて背中をさする。ブツブツと何かを言って高橋は聞き取れないが、彼は話を聞いている。

「ソイツならたぶん死んでるぜ?そういうの嫌いな奴が居るからな」

「………」

「ここに行くと良い。悪いようにはされないよ」

なにか書かれた紙を手渡すと、彼女は会釈をしてその場から去った。事態が収まってから彼に聞いてみる

「何話してたの?」

「それ聞いちゃう?」

彼が渋々話してくれた。

あの女性は昔この辺りで暮らしていた主婦で子供が生まれたばかりの幸せな家庭と近所から言われていた。しかし蓋を開けてみれば、旦那はよく酒を飲んでは暴れて妻と子供に当たっていた。

世間体を気にして外では愛想良く振る舞うが、家に帰っては暴れる日々、旦那だけの給料では生活が苦しいため妻も働きに出ていたという。しかしお金は無くなる一方で稼いできたお金も酒とギャンブルでなくなってしまう。それでも子供のために不自由させない生活をさせていたある日、事件が起きた。

台所で夕飯の支度をしていた妻にいつもの如く旦那が攻撃した時に誤って沸かしていたお湯が妻と子供にかかってしまった。

まだ生後間もない子供にかかってしまった熱湯は死に至るのに十分で、自分の顔にもかかって爛れているのを構わずその子を抱えて泣き崩れた。ガスコンロの火が燃え移り家と共に亡くなったという。

当の本人である旦那は逃げて他所で作った女の家に上がり込んで戻らなかった。旦那が持っていたのか、たまたま燃えなかったのか分からないが例のへその緒だけが残り今でも子供を思って彷徨う怨霊となってしまった。

彼の話を聞いて涙を流す高橋。

あまりにも残酷でよくある話だが妻の事や子供の事を思うと涙が止まらなない。

「無事に成仏できるかな?」

「どうだろうな」

そして高橋の悩みは結果として解決したのだが、なんとも後味の悪い結末を迎えた。

高橋は旧校舎を出た後彼氏に解決した事だけを伝えた。


噂その二、ここでの出来事を話してはならない。


詳細を話してしまうと祟られてしまうから話してはならないし、聞いてはならないという事から勧めた彼氏も深くは追求してこなかった。今でも謎の多い彼は今でもあの教室で誰かを待っているかもしれない。

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