第3話


「四鳴(しなり)君さ、宝霊坊(ほうれいぼう)って知ってる?」

 馴染みの編集者にそう、尋ねられ、四鳴周(しなりしゅう)は首を傾げた。

「ほうれいぼう?」

「宝物の宝(ほう)に幽霊の霊(れい)、お坊ちゃんの坊」

「妖怪の一種かなんかなのかな?」

「いいや、違う。選ばれし人間のみが行くことの出来る異空間だという」

「まーた、そういうの」

 四鳴はため息をついた。

「井上さん、僕はがちのノンフィクションをやりたいんだよ。例えば詐欺被害者の壮絶な生きざまを迫ったり、隠された巨大利権を追ったり、そういうシリアスな取材をしたいんだ」

「思ってもいないこと言ってる暇があるみたいだから、少し調べてみてくれないか? 宝霊坊。掲載するのは『週刊オカルト発見』のおまけコラムページ」

「井上さん。僕の言葉聞いてる?」

「文章は二千文字くらいにして、写真とかがあったらいいよね。限られた人間のみに許された異空間、なんだかわくわくしてきた」

「僕はうんざりしてます」

「どうせ暇で飲んだくれてるだけなんだろ?」

「飲んだくれてないですよ。お酒嫌いなんで」

「ともかくだ」

 井上は頬杖をつき四鳴を見上げた。

「頼んだよ。な?」

 沈黙が五秒。四鳴は息を吐きつつ、頷く。

「わかりましたよ。……締め切りは何曜日ですか?」

「木曜日」

「あいあいさー」

 井上は低い声で「四鳴君」と呼ぶ。

「井上さん、他に何か?」

「四鳴君。俺は君が好きなんだよ。だから頑張って欲しいんだ」

 四鳴は瞬いた。井上は確かに自分を見ているが、さらに奥にある何かを見ている気がした。眼球のさらに奥、脳みその深いところ。新しい記憶に上書きされ、忘れ去られた思い出たちが織り成した地層の、その最下層。

 四鳴はハッと我に返る。

「それじゃ、用が済んだなら失礼します」

 早口で言い、井上の顔を見ずにその場を後にした。



 四鳴は日ごろから情報集めを怠らない。いくつものSNSや掲示板にアカウントを持ち、登録している情報サイトは両手では到底数えきれず、アナログの心も忘れたくないので、定期的に本屋へ行って紙の本を買ったり、コンビニで新聞を買ってみたりもする。

 そのおかげだ。

 調べ始めてすぐ、四鳴のSNSアカウントにこんなメッセージが送られてきた。

『宝霊坊と言われてもわかりませんが、私はここじゃない別の世界を持ってます。それは私だけの世界なんです。この世ではないどこか、でも私なら行くことが出来る。記者さんが本気なら、見せてあげてもいい』

 四鳴は早速、メッセージの送り主に連絡をした。




「おはようございます。江籐あかりです。よろしくお願いします」

 開いた玄関の扉の向こう、凛とした顔だちの女性が礼儀正しく言って頭を下げた。

 四鳴は無意識に背筋を伸ばす。

「こちらこそ、どこの馬の骨ともわからん男の取材を受け入れてくださってありがとうございます」

 あかりはにこりと笑う。

「いいえ。むしろありがとうございます。そろそろ誰かに見せたかったの。一人で抱えるには、あまりにも魅力的で」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る