麗しの王太子殿下は過去に何度も死に戻りを果たし、 その都度私を溺愛しすぎで失敗してきたらしい。
文屋りさ
第1話:君と五度目のはじめまして。
広大な土地と資源に恵まれ、他のどの国よりも豊かに栄えた『アスタリス王国』。
そんな王国の中で、今もっとも麗しき男と言われているのが、王位継承権第一位の権力を有しているエルティス・ミューロライ・アスタリス王太子殿下だった。
老若男女問わず、誰もがその美貌に吐息を漏らし、見る者を魅了する。
アスタリス王家にのみ受け継がれる美しい銀髪に、コバルトブルーの輝く瞳を携え、男性にも女性にも映える中性的で清潭な顔立ちをし、彼のどこを掻い摘んで挙げてみても落ち度一つない、まさしく完璧そのものな青年だった。
国民達は、いずれ彼がどのような女性と恋に落ち、どんな人生を歩むのだろうと常に期待に胸を膨らませている。
アスタリス王国の貴族令嬢達は、自分達が彼と同世代であり、わずかにでも結婚の望みがあることを幸運に思っていた。
そしてこぞってエルティス殿下に見初められようと躍起になり、今宵のパーティーでも壮絶な争奪戦が繰り広げられているのだった───。
*****
王家の人々が出席するほどの格式高いパーティーに、ひどく緊張しながらやって来たのは、アスタリス王国のしがない伯爵令嬢、リリアノ・ハーヴィッドだった。
この国では一定の格ある貴族は全員、十六歳から十八歳の間までに王都で開かれる格の高いパーティーに出席し、王族から直々に名を呼ばれて社交界の仲間入りを果たす『名呼びの儀』を行わなければならない。
王家の者から名を呼ばれ、大人の仲間入りを果たしたことを証明するはじめてのブローチを授かることで、この国の貴族としての自覚と名誉を与えられるという風習は、今から数百年にも及ぶアスタリス王国の歴史ある儀式の一つとなっている。
「(これが王宮のパーティーなのね……)」
そんな中、リリアノはドレスの裾を踏まぬようにゆっくりと歩みを進めながら、王宮のパーティー会場へ向かっていた。
リリアノの一族はかなりの辺境地に領土を構えてはいるものの、豊かな鉱山の眠る土地に恵まれ、何代も前から主に宝石や鉱石などを扱う大きな商団を経営している。
そのためハーヴィッド家の子供たちがここでデビュタントを果たすのは、今や恒例行事となっているのだった。
リリアノは自身が今宵デビュタントを果たすこととなるこの豪華な会場に着いてすぐ、グルリと目を回した。
後ろから鳴り響く一流のオーケストラも、煌びやかな会場も、自身が身に纏っている華やかなドレスでさえ、彼女にとっては不慣れなものだった。
辺りにいる貴族達に気後れしないよう、グッと背筋を伸ばす。
「──リリアノ!」
そんなリリアノの元に、見知った声が届いた。
それはリリアノの実の兄である、リーファスのものだった。
「リーファスお兄様……!お久しぶりです!」
「よく来たね。お前のことだからもしかしたら来ないんじゃないかと心配していたんだ」
六歳年上のリーファスは、現在宰相補佐官として王宮に住み込みながら、日々多忙な生活を送っている。
リーファスはリリアノが十歳のとき、アスタリス王国屈指の名門校へ入学を決めてからというもの、二人が顔を合わせるのは年に数回程度のものとなった。
だからこうして久しぶりに再会したリーファスに、リリアノは嬉しさと同時に、一人で慣れない王都へ来てはじめてホッと息がつける瞬間でもあったのだった。
「さぁ、今日はリリアノが主役なんだぞ?そんなに浮かない顔をしてどうする?」
「こ、こういった場に慣れていないのです。お兄様、今日はずっと一緒にいてくれるのでしょう?」
「あぁ、もちろんだよ。なにしろ妹の大事な晴れ舞台だ。午後から休みを取ってあるし、心配しないでいい!」
リーファスのその言葉に、リリアノは心底安堵した。
そして兄から差し伸べられた手を握って、二人は会場の中へ入っていく。
「(名呼びの儀って、確かパーティーが始まって一番に行われるのよね)」
いわば本番前行われる前座のようなもの。
王家の中の誰でもいいから、早く名前を呼んでもらって挨拶をして、それから今回のパートナーを務めてもらうリーファスと一曲だけダンスを踊れば、これまで重くのしかかってきた義務は終了する。
リリアノはこのパーティーさえ乗り切れば勝ちだと何度も心の中で唱えながら、そのときが来るのを今か今かと待ち侘びていた。
「──まぁ、見て!エルティス様がいらしたわよ!」
途端、黄色い声が勢いよく舞い上がり、この会場にいるすべての人の視線を集めた先にいたのは、この国でもっとも麗しき男だった。
令嬢たちの甲高い声にリリアノは肩をビクつかせながらも、兄に責付かれて同じように頭を下げる。
「皆、顔を上げてください」
澄んだ声色だった。リリアノは思わず目を開いてその声に集中した。
彼のその声が、リリアノの本当の母が生きていたころの記憶を思い出させるものだったからである。
アスタリス王国の現王妃とリリアノの実母は、アカデミー時代からの旧友であり、王都で催しがあるたびにお誘いを受けるほどの仲だった。
そのためまだ幼かったリリアノは、母に連れられてよく王妃の宮殿へと足を運んでいた。
そこでたまに会っていたのが、エルティスだった。
とはいえ人見知りのあったリリアノは、ジッと母のそばにしがみ付いているような子だったため、エルティスと会話をしたことはほとんどない。
その後最愛の母を亡くし、父が迎えた後妻とその連れ子たちが家に来てからというもの、リリアノが王都へ来ることはなくなったのだった。
それゆえに現在のエルティスのことはほとんど知らないどころか、王都で話題になっている事件やゴシップにさえリリアノは疎かった。
けれど、毎日読んでいる新聞には必ずエルティスのことが書かれてあった。
彼がどのような人物で、どこへ行って何をし、どんな功績を残したのか、毎日いやというほど書かれているものだから、さすがのリリアノも彼のことは知識としてなら把握している。
「あぁ、素敵だこと……っ。一度でいいからダンスを共にしていただきたいですわ」
「殿下ももうすぐ二十三歳になりますでしょう?そろそろご結婚に向けてのお話が上がってくる頃だと思いません?」
「まぁ!それは素敵なお話ですこと……!」
「そうなれば殿下も未来の花嫁をお探しになりますでしょうし、頻繁にお会いする機会が増えそうですわねぇ!」
周りにいる令嬢達は、みんな頬を赤くしながらうっとりとエルティスを見つめていた。
リリアノもそれにつられて同じように視線をエルティスに向けた。
「……」
さすがは“麗しの王太子”と言われるだけのことはある。エルティスを見たリリアノの最初の素直な感想だった。
まばゆいほどの綺麗な銀色の長髪に、見事なまでの美しい顔立ちとスタイル抜群の長身。
その高貴な血に見合う服装をまとい、コバルトブルーの瞳が輝いていた。
「──それではこれより、本日デビュタントを迎える方々を発表いたします」
「(……ハッ、そうだわ。私の出番だわ)」
今年のデビュタントを迎える貴族は、リリアノを含めて五人いる。
男性貴族が二人、女性貴族が三人である。
エルティスに見惚れているのも束の間、会場のアナウンスが流れると、ここは一気にザワつきを見せはじめた。
「ちょっと、嘘でしょう!?」
「まさか、今回の名呼びの儀はエルティス様が……!?」
『静粛に!』『お静かに!』という主催者側の注意喚起もそっちのけで、辺りは混乱にも似た騒動のようになっている。
「いったいどうしたのかしら……って、お兄様までどうして動揺なさっているの?」
「いや、だってお前……、目の前にいるのはあのエルティス殿下だぞ?」
「それが何か?」
「今回の名呼びの儀で、リリアノの名前を呼んでくださるのがあの方だってことだぞ?」
「……えっと」
「い、今までデビュタントの名呼びの儀で直系の王族が出てきたことなんて一度もないんだぞ!?」
「ど、どの王家の方も忙しかっただけでしょう。別にそんなにも驚くようなことでは……」
「だからって王位継承権第一位のエルティス殿下がなさるような仕事じゃないんだ!」
滅多なことがない限り声を荒げることのないリーファスの動揺しきった声に、さすがのリリアノもそれがただごとではないということを理解した。
この会場のうんと前にいる彼を、もう一度見上げた途端。
「……!?」
エルティスとまっすぐに視線が絡み合った。
エルティスはずっとリリアノのほうを見ている。
そして視線が深く重なり合うと、彼は心の底からこの瞬間を待っていたかのように頬を染め、にっこりと微笑んだ。
その瞬間、リリアノはこれまでに感じたことのない恐怖を覚えたのだった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます