She has been destroyed the Abyss.

Episode.14...Disagreement.

 ここまでは、僕と亜紀の物語だった。

 時は大学時代になるだろうか。僕は、理系の課程に進学し、亜子は文系の課程に進学した。文系と理系は教養科目だけ知り合うことができる。だからといって待ち合わせしてデート気分で受けていたわけではなく、あくまでも制度上の話だった。

 そして、これから説明をさせていただくと、最近、この街の大学周辺で犯罪のニュースをよく聞くようになった。これは、大学とは関係のあるニュースにまで発展する事態となった。何故ならば、学校の学生が事件に巻き込まれたのだ。公園のベンチで、学生が、バラバラに分解してしまったのだ。体の半分が入れ替わったのだ。それは、不可思議な現象として、研究所まで出動する騒ぎに発展したが、結局、原因は掴めなかった。しかし分かっていることというのが、夜の二時に起きやすい、夜行性の人間に特徴的な、半月症候群―――通称ルナティックと呼ばれる人間が現れている、という噂だった。夜行性症候群の人間に特徴なのが、月の光を吸収する人間だというコトしかわかっていない。

「なあ、亜子」

「何?」

「僕は、君の本当を知りたい」

「本当って?」

「多分、君はまだ隠し事をしている」

「―――誰かから、聞いたの?」

「いや、違うんだ。最近、この街で、サイコパスが殺人を犯している。その時間帯は夜二時、闇が深くなる真夜中に行われるんだ」

「それがどうかしたの?」

「君に、メールを送ったよね?その時、バグが起きたのかと思ってチェックしたら間違っていた。―――ええと、君は体温を測ったことはあるかい?」

「何のバグ?」

「あの時、僕はこう送ったんだ。夜行性中毒者って知ってるか?って。そうしたら、君は、こう送ったよね。月の幻覚を知っているんだね、って。君は、夜行性中毒者の意味を知っている。夜行性中毒者って、夜に徘徊して、月の力を吸収し、その反作用で、血を欲したがる。君は、あの時知っていたんだろう?君自身が、ルナティックだと」

 そう言われると亜子はハッ、とする。亜子は、気づいているようなそぶりをした。しかし、亜子自身、蔵人が夜行性中毒者を知っているだけの話だった。しかし、彼女は気づいてしまったのだ。蔵人の隠された右手に、月の紋章の入った、ナイフが握られていることを。

「蔵人」

「何?」

「今まで楽しかったわ。実はあたし、ルナティックなの」

「そうだろう。ルナティックの定義を知り、瞳の裏側にルナの紋章が描かれている。それは君が、純粋なまでに、夜を欲しているんだ」

「ヘケトって知っている?エジプトの神なの。あたし、もともと神様に魅入られて育った、森の奥底で眠っていたの―――だから、殺さないで。月の紋章を見るのもダメなの。あたしは、消滅してしまう。輪廻を繰り返し、深い森の牢獄に閉じ込められてしまう。だから、かくまって。あたしの家は仮初の家だったの。亜紀とは血を分けたから、顔は似ているけどね。父も母も元々はあたし達とは似ても似つかない、赤の他人なの」

 蔵人はそれを聞き、訝しげに思った。

「じゃあ、僕は、君を今のところ束縛できるんだね、君は消滅したくない、ということはずっとしばらく僕と行動を共にする方が利があるはずさ」

「・・・・・・勘違いしないで、貴方はアタシのモノよ」そう言って、ナイフを掴むと、何やら呪文を唱えた。

「―――燃えよ、“深遠”“洛星”“明星”“久遠”の光よ、放て」

 すると、金色に輝く光に包まれ、全てを白に染めた―――。今日この日で、僕らは、彼氏と彼女だけの関係から卒業してしまった。

 夜行性に沈んで行ってしまう男女に訪れる関係は“深遠“。

 僕らは、分かれてしまった。僕は遠い記憶を抱き、ルナティックの亜子を抱いたまま、ルナティックの根源を探しに旅に出る。

 異世界というわけではない、俗にいう異世界のような他者と離れた異界にいるわけではなく、月の世界を体感しようと、僕らは政府公認の宇宙船に乗車するつもりだった。

「いこう、亜子」

「どうして、あたしを解放してくれなかったの―――?」亜子の目には涙を浮かべていた。「森の眠りについた少女はもう目を覚まさなくったって良かったのに」

「そういうわけにはいかない。君の神様を殺さないといけない―――半月型のknifeで、僕は神を殺す」

「そういうわけにはいかない、と言ったね。蔵人。でも、神を殺すには、月の世界まで行ったところで、月の住人に殺されないかな?あたし、蔵人にあまり気負いこんでほしくないんだけど」亜子はそう言って、しょんぼりしている。蔵人の命について心配しているようだ。蔵人が神様ヘケトを殺すのは、ある過去があったからだ。以前、蔵人や、以前の彼氏と付き合う前に、ヘケトに育てられ、寵愛を受けた。それが原因で、ルナティックの紋章が腕に残り、神の力を授かったのだった。それを消去するためには、神と再契約しないといけないのだ。ルーンの力を消去するためのknifeの力に頼る。その動機の根源こそが蔵人の動かす源であった。もし必要があるならば、神様が反発すれば、神と対峙することも厭わないと言ったのだ。そういう意味で、殺すという単語を使った。ルナティックの力を無理やり授かって、長く月の力によって暴走してしまった亜子の想いをくみ取ろうとした結果だった。

「終点、月の砂入口」そう描かれた宇宙船のdoor。doorには、砂の跡がまだ残っている。開くと、無音の闇の空間が広がっていた。

「月の神殿に入ろう」蔵人がそう言う。

 亜子は首を振った。「まだ、蔵人には危険過ぎる」

「大丈夫、僕は君を守る。誠実とまでは言えないけれど、命を賭けているわけじゃない。命を賭けるときは、君を地球に送り返す」

「蔵人!」

「jokeだよ。気にすんなって」そう言ってニカッと笑った。「しかし、ここが月なんだ。驚いたよ、もっと城みたいに、兵隊がいるのかと思った」

「兵隊の代わりに、puzzleになっているの。Labyrinthっていうか」

「それは攻略のしがいがあるってもんさ」

「笑えないわ。あなたはぞっとしないかもしれないけれど」亜子は胸を押さえた。

 入口に入ると、pyramidのように階段が続いていた。てくてくと歩くと、石碑が置いてあった。

「3人で6つのRegaliaを分けよ、6つの内αは、火、βは水、γは月の紋章が打ってある。αはβを介在しない、γはαを介在しない。βとγは同位置に存在する。何通りあるか?」

「βとγを分ける方法は3C1 =3通り、αは3C2 =3通り、残りのRegaliaは、3P3 =6通り、故に、3×3×6=48通り」

「Excellent!」

 すると、扉が現れ、石碑が再度文字が書き換わっていた。

「月の神殿に必要な知能を有する者、ヘケトの名の下に賛同する者、いずれにせよ用がある者は我の神殿に参られよ」

「これだね、君の宝は」蔵人はそう言って、石碑の後ろに隠された秘宝runa-mindにknifeを突き立てた。

 すると、黄金で塗り固められた部屋の扉が開く。これは―――ヘケトの遺骸。それをむさぼり食っている美貌を失わずに生きる女性の素顔―――ヘケトの分身か。

「おい、何をしている」

「私は死なない―――」そう答え、息を潜め続ける女性の分身。まるでミイラだ。

「ほらよ!死神からの最後のpresentだ。死を喰らっていた罪悪は、彼女まで奪う資格はない」そう言って、ナイフを突き立てる。女性は、奇妙な焼ける匂いの光に包まれ、しばらくして、消滅する。

「う、ゴゴゴゴゴ……」

「死ぬ前に一つだけ褒めておいてやる」

「أخبرني، ماذا عن ذلك؟ تحفتي الفنية هي.(言ってみなさい、どうだった?私の最終傑作は)……」

「最高だ―――」そういって亜子を抱く。

 揺れる、一抹の思い。

 母を失った悲しみ。

 いくつも創り出した実験体。

 原因不明の病原体の正体は―――。

「お前の仕業なんだってな、ヘケト。そう言うのであれば、僕はニーチェの分身か?」

「شكرا لك(ありがとう)―――شكرا لك(ありがとう)―――」もうろれつが回っていない。しかし、一つだけ分かったことがある。それは、ヘケトからも僕が亜子を貰っても良いということだ。

「サンキュ、蔵人。もうこれで、亜紀もいなくなったけれど。亜紀にそっくりでしょう?ヘケト」そう言って彼女の躯を触る。

 死神みたいに綺麗な死に化粧は立派なものだった。

「これで良かったな」

「もう、一つだけ言えることがある」

「何だ?」蔵人が言った。

「帰ってから話そう」

「いいよ」

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