夏休み最後の日

マキノゆり

第一話


 夏休みの最終日。

 一体、どこのどいつが夏休みを8月25日までとしたのだろう。五十川中学校2年生の夕夏は、手許のプリントの山から宿題を引っ張り出しながら泣き出しそうになっていた。

 今は8月25日の朝6時だ。昨日の夜、病院勤めでこれから夜勤に出る母親から「宿題はどうなってるの」と言われたのが10時頃。午前中ではない、夜の10時だ。リビングで父親と一緒に録画の歌番組を見ながら歌っていた時だった。


 「えっと、まだ」

 「そう。どのくらいまで出来てるの?」

 「……」


 沈黙した夕夏を見て、母親の顔がさあっと曇る。

 そうだった。夏休み入ってばかりの三者面談の時、お母さんも一緒に先生から宿題の一覧を見せられ、「今年はワークやプリントは数学国語理科だけど、新聞作成とか課題が多いですよ」と言われたのだった。「一緒に計画立てようか」と母に言われ、「大丈夫!」と胸を叩いたのは他ならぬ夕夏だ。

 あれは7月24日。そして今日は8月25日、夏休みの最終日だ。


 


 「あー、もう、こんなに宿題が多いってひどくない? 夏休みくらい自由にさせてくれたっていいじゃない。毎日さ、重たい荷物しょって学校に行ってさ、部活も行ってさ。横暴だ!」

 

 泣きそうになりながらブツブツ呟き、そっと横の父親の顔を見る。


 「そんなこと言っても一か月あっただろう? 夕夏も自分で管理しないと」


 しかめっ面で諭すのは父の聡だ。昨日まで一緒に映画やら海やら行ったくせに、何なら昨日の夜は母の里香から一緒に叱られていた癖に、何を言うのだ。今更だ。

 夕夏は情けなくて(自分と父のことだ)、目の前の課題と手を付けていないプリントを前に涙をこらえた。


 「まあ、やってしまったのは仕方がない! まずは何があるか出してみよう」


 父の掛け声で、リビングのテーブルの上に宿題を並べる。

 国語のプリントが1枚、数学のワークが一冊(60ページある!)。理科のプリント1枚、英語のプリント1枚。


 「何だ? これだけなら今日で何とか出来るんじゃないか? 他は無い?」

 「新聞づくりがある。あと、作文」

 「新聞は1枚?」

 「ううん、全部の科目で新聞の課題があって。あと、作文は国語の分だけ」

 「えええ。もう無理じゃないの? ……ほかには?」

 「……英語の日記を1日分、国語でお勧め本のPOP作成」

 「………」

 

 リビングに気まずい空気が落ちる。これは絶対に怒られるヤツだし、そもそも、提出も無理かもしれない。

 

 「あのな、夕夏」


 聡がゆっくりと口を開いた。怒られるかと思い、夕夏は身体を縮めて聡を見上げた。


 「お父さんも小学校とか中学校の頃は夏休みの宿題は大っ嫌いだった。いや、嫌いというのは、この貴重な夏休みの間に勉強するのが単純に嫌だったんだ。だってそうだろう? 学校の授業から解放されて、好きな事出来るんだから。だから、お父さんは夕夏の気持ちはよく理解できる」

 「うん。……じゃあ、この宿題はどうしよう?」


 夕夏の恐る恐るの問い掛けに、聡はふふんと勿体ぶる。


 「提出は学校始まって最初の授業の時だろう? 初日にせーので出す訳じゃないから、授業が早い奴から先に片付ける! ワークはもう仕方ないから、答えを見て書いてしまえ。丸付けはお父さんが責任を持ってやる」


 至極当たり前の回答で、夕夏はがっくりと肩を落とした。まあ、それしか遣り様は無いのだろう。

 

「さあ、始めるぞ!」


 勢いのよい父の声掛けで、夕夏の中学校2年生宿題掃討作戦が始まった。



 数学のワークは難敵ではあるが、集中力が重要である。

 答えをに見ながら書き写すのだが、まずは式と答えを見てから書くと間違いが少ない。

 国語のプリントは1枚だけなので、こちらも数学のワークの合間に仕上げる。

 理科のプリントは元素記号の確認プリントだ。1枚だがA3で問題だけでも60題は細々とある。これは答えが無いので、始める前に教科書やネットで元素記号表を出しておく。

 ダラダラ書くなよ。そう父に発破をかけられ、夕夏は必死に見て書き写し、国語と理科のプリントを書き進めた。途中で何度も机に突っ伏し、サイダーとお菓子を目の前にぶら下げつつ、何とか完成を目指す。

 問題は新聞だ。テーマを決めれば何とかなりそうだが、そこはテーマで扱う課題をよく考えないといけない。


 「こっちは資料を探さないといけないから、まあ出来るところまでやろう」

 「あ~~、もう、きっつい~~、やだ~~」

 「泣き言言うな。仕方ない、お昼はピザの出前を取るぞ」


 あまりの重圧に押しつぶされそうで、夕夏はリビングの床でのたうち回り、聡は「仕方ないよなぁ」と頷きながら、ピザ屋へ注文の為電話の方へ小走りに向かう。ちょうど夜勤明けの母が帰ってきたのか、玄関先で出迎えた父とピザがどうこうと話している声が聞こえた。

 途方に暮れた夕夏の頭上にあるリビングの壁時計が、8時を指していた。




 



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