第Ⅲ話 ユリィという名の弟子



「……」


 あれから僕は沢山寝た。死んだように眠った。でも何日かは分からない。いっそこのまま死んでしまえば、少しは償えたかと思えば、そうじゃない気もする。


 誰かの優しい声が聞こえた気もすれば、それは怒号だったかもしれない。


 とにかく、目が醒めてしまった僕は一点に意識を集中させていた。


「……」


「……」


 開いているドアから顔を覗かせる人。か細い声で僕に言った。


「……御主人様が、お呼びです」


「……ご主……じん………?」


 髪が綺麗な使いの人。消え入りそうな声。フリルの付いた簡素なドレスの似合う使用人。名前は、知らない。

 ただ。あの場所で僕が啞然あぜんとする中、じっと、まるで座っているかのように、重心をしっかりと保って立っていた人だと言うことは判っていた。


 用意された服も、靴も変な感じはしない。普通……らしい。

 私は自分を整えると、髪が綺麗な使いの人の後ろをついていく。


「……お!きたきた!」


「御主人様、銀糸ぎんしが来ました」


 銀糸ぎんしと呼ばれたその使いの人は、あのリフーと呼ばれていた女の人の隣に戻るように進んだ。


「御主人様。純白の神器レガリア・イノスをお連れ致しました」


 ……………レガリア………イノス……?


「それはお前の呼名だ。本当の名を言え」


「……ローブ………の」


 先手をピシャリ、と打たれて思わず思考が止まる。


「ちょいちょいちょい〜……御主人様、まずは自分から、ね」


 私とローブの間に割って入って自身の笑顔を照らす陽気な執事らしき人。

 ローブは深くため息を着いた後に、改まった。


「…………はぁ………



 私は「コーネリアス=トリテレイア」今どきの巷では少々古臭い魔法使いをしている者だ。ただのローブではない」



 ステンドグラスを通ったの寒色の後光がローブの繊維を更に通って、よくえた。


「……」


「うんうん!! …………ほら、純白くんも…!」


「僕の、名前は…………………………ナイフ」


「「「…………」」」


 僕は僕の名前を、呼んだ。


「あの………僕……ずっと、寝てて」


「お前はこの場リビングに辿り着くまで丸三日掛かったということだ。」


「みっ……!?」


 沢山寝てたとはいえ、みっか……三日…………


「――――――………ユリィ」


「! ……ユリィくん」


「ユリィ様」


「……ユリィ、様」


 ……誰の名前を呼んでるんだろうか。

 ユリィ……綺麗な音。そんな名前が欲しかった……………かも知れない。


「誰の名前って、君の名前に決まってるでしょー? ユリィくん? 君って、案外面白い子なんだね」


「…………………?」


「……お前は此の時より私の弟子となった。「ユリィ」その名を胸に刻み込め。〝魔法使いに成れぬ人の子〟よ」


 その人の言い草にはトゲがあった。


 〝魔法使いに成れぬ人の子〟。素質がない私を弟子にしたのは、魔法のローブだった。


「……すぐにここを発つ朝食を食べて、カバンを持て。ユリィ」


「………………はい」


 そして僕は、「ユリィ」という名で、魔法使いの弟子になったらしい。


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