第四章 捨てるつもりなら、自分から出ていきます

 それから、元の世界で一ヶ月くらいが経ったと思う。


 私の体はかなり大きくなった。といっても、ようやくジークフリートの膝くらい。子猫はあっという間に大きくなると聞いたことがあるけど、本当にそうだったよ。

 猫にしては大きすぎじゃないかとは思うけど、そこは異世界だから。きっと猫のサイズも違うんだろう。


「あら、アリス様。今日はこちらを見学にいらしたんですか?」


 城の中を歩いていると、侍女であろう女性に声をかけられた。私が今、向かっているのは騎士団の訓練施設だ。こちらからジークフリートの匂いがする。


(一日中寝てもいられないからね~)


 私が答えると、侍女さんは「お気をつけて」と言って、仕事に戻っていった。

 相変わらず私は「みゃぁ」としか言えないけど、この城に住んでいる人たちは、なぜか私に普通に話しかけてくる。

 みんな猫好きなのかもしれない。人間だった頃も、犬や猫、鳥に普通に話しかけている人はたくさんいたし。


 私は今、夜の早い時間に寝て、朝起きるという生活を送ってる。

 ご飯もいろいろと食べられるようになって、ジークフリートと同じご飯を量を少なめにして出されるようになった。


 猫なのにいいのかなと思うけど、それもまた異世界だからいいのかもしれない。お肉もお野菜も美味しく食べられるし、体調がおかしくなるようなこともない。

 城を出て中庭を通り、しばらく歩いていくと、なにかを打ち合う音や誰かの雄叫びが聞こえてくる。最初は驚いたけど、これは日常なのだ。


「アリス!」


 ジークフリートの野太い声が遠くから響いた。

 どうやってかわからないけど、ジークフリートは私が近くにいるとすぐに気づく。まだ訓練場まで数十メートルはあるのに、彼はなんでか気づくんだよね。


(訓練、お疲れ様!)


 たぶん私の言葉は通じてない。でもずっと黙っているのは結構苦痛で、通じてないってわかってても、いろいろな人についつい話しかけちゃう。

 私が言うと、ジークフリートは凄まじい速さで駆け寄ってきて、私をひょいと抱えた。もうそれなりに大きいし重いだろうに、彼は難なく私を抱き上げる。そして、額と額を合わせて私の目を覗き込むんだ。


(前は子猫だったから顔も小さくて気にしないで済んだけど、こんなイケメンにじっと見つめられたら照れるんですけど!)


 私の口からは「みゃ、みゃ、みゃ~!」という鳴き声が出た。


「そうか、そうか。お前は毎日可愛いな」


 絶対に通じてないのに、彼は相変わらず私に対して激甘だ。

 小さな生き物だったからやたらとデレデレしているわけではなかったようで、体が大きくなってきた今も大事にしてくれている。


「今日は訓練施設の見学か?」


(そうそう! ジークフリートが訓練してるところかっこいいから!)


 私が答えると、ジークフリートは満足そうに微笑んだ。私を安全な見学席に下ろすと、訓練用の剣を手に取る。


「稽古をつけてやる! 全員、まとめてでいいぞっ!」

「おぉぉぉ~!」


 男性数十人の雄叫びが聞こえて、みんなが剣を手に取った。そして彼は利き足にぐっと力を込めて地を蹴った。人としてはあり得ない速度で数十人の中心に突っ込んでいく。


 あえて囲まれるなんて危ないんじゃ。そう思ったのは初めて見たときだけ。ジークフリートの強さは半端じゃなかった。

 そりゃ、この国一番と言われるわけだと今じゃ納得している。彼は魔獣人の中でも一番強いと言われる竜種なんだってさ。竜の姿はまだ見たことがないけど、とても大きいらしい。私が何度引っ掻いても、傷一つつかないわけだよ。


 アディンソン獣王国は人族に変化できる魔獣人が住む国らしい。

 とにかく力こそすべてで、強い者が権力を持つって聞いた。建国からずっと竜種が国王を務めているみたい。でもそれは、国の防衛を担うためであるから、ノブレスオブリージュの考え方がしっかり浸透している。


 会ったことはないけど、国王陛下はジークフリートのお兄さん。ジークフリートって、王弟なのに全然偉そうじゃないよね。ちなみにジークフリートはこの国で二番目に強いって本人が言ってた。


 私がそんなことを考えている間にも、訓練場に倒れ込む団員が増え続けている。

 剣を持つ意味があるのかな。ジークフリートってば、片手で胸ぐらを掴んでぽいぽい投げてるんだよ。

 数十人に囲まれたって、余裕で勝っちゃうんだもんね。あっという間にその場に立っているのはジークフリート一人になった。


「どうだった?」


 彼は息一つ切らせず剣を放ると、嬉しそうに私を抱き上げた。周囲から生温かい視線が注がれていることに気づいてるのかな。


(かっこよかったよ)


 私が言うと、彼はそれはもう嬉しそうに破顔する。先ほどまでの厳つさはゼロだ。クラウスは部下に示しがつかないとか言っていたけどいいの?

 たしかに見た目が厳つい騎士団長が猫を溺愛してデレデレした顔をしてたら、ほかの団員に示しがつかないよね。クラウスの気持ちもちょっとわかる。


(ねぇ、そろそろ下ろして)


 私はジークフリートの胸をぽんと叩いて、彼の腕から解放してもらう。溺愛しているっぽいんだけど、彼は私の行動に制限することはない。


「庭にでも行くのか?」


(うん、お仕事の邪魔したくないから、庭で遊んでくるね)


 そのまえに部屋に戻って昼食をもらおう。私は元来た道を戻って、ジークフリートが住む離宮に入った。門番もいるけど、私は顔パス。いつも門番にも話しかけられてる。


 国王とその家族が住んでる王城は私とジークフリートが住んでる離宮の隣にある。ひときわ高くて、とにかくでっかい城が国王陛下が住むところみたいね。

 騎士団員の領とか、王城に出仕する貴族の職場とか、とにかくほかにもたくさん建物があって、街のように並ぶ建物が、高くて堅牢な城壁に囲まれてる。

 その塀の向こうに貴族が住むエリア、その周りに商人が店兼住居を構えている。さらにその周りには、平民が住んでる。平民は総じて力の弱い種族ばかりだ。

 でも街には強い種族の兵士がいて、なにか起こったときはすぐに駆けつけてくれるんだそうだ。街は女人が一人で歩けるくらい安全なんだって。

 王都の外には森が広がっていて魔物が出るから、騎士団が魔物を間引くために行くこともあるそうだ。


 そうそうこの世界魔物がいるのよ。私が生まれ変わったときは森で目が覚めたけど、無事だったのは本当に奇跡だったみたい。

 木の根元に埋まるように力尽きて倒れてたから魔物に見つからなかったんだと思う。

 私はジークフリートの部屋に戻るべく、たたたっと軽やかに走る。するとその途中で、誰かの声が聞こえてきて足を止めた。


「ねぇ、知ってる!? 騎士団長様に番が見つかったって!」


 城壁近くで下働きの女性が洗濯をしてるみたい。

 楽しげなその声が気になって、耳を澄ませる。井戸の辺りまでけっこう距離はあるんだけど、この体になってから、すごくよく聞こえるんだ。

 たぶん鼻もよくなってて、今日の食事のメニューとか、たとえばジークフリートがどこにいるかも、近づけば近づくほどはっきりわかる。言葉が通じないから不便だと思ってたけど、五感が優れているおかげであまり不便はない。


「へぇ、騎士団長様に番!? めでたいわねぇ~!」


 足を止めて耳を澄ませると、女性三人で大きなシーツの水を切りながら、干しているところだった。なんの種族なのかは人に変化している状態では全然わからないけど、三人とも軽々と水を絞る腕力がすごい。


 それにしても、番、ってなんだろう。騎士団長様はジークフリートのことだよね。

 動物だと一対の組み合わせ、繁殖するために番う相手のことを言うけど。

 ジークフリートに番って、まさか、その番のこと? お嫁さんみたいな? だとしたら、たしかにめでたいことなんだろう。でも、そんなこと一言も言ってなかったけどな。


「えぇ、えぇ! もうみんなその話題で持ちきりよ! よくお見かけするから、あなたもそのうちお目にかかれると思うわよ!」

「なんの種族なの?」

「それがね! あのタイガードゥンなんですって!」

「うそでしょう!? タイガードゥンってあの幻の!? 成人すれば竜種の次に強いって言われてる、あの!?」


 ジークフリートの番は、ものすごく強いらしい。なんだろう、頭の中に筋肉隆々のゴリラが浮かんできた。ジークフリートも体格がいいからお似合いなのかもしれない。


「そうよ、そのタイガードゥン! まだ幼いみたいなんだけどね!」

「あらぁ、素敵だわねぇ。私も早く番を見つけたいわ」

「気持ちはわかるけど、焦ることはないでしょ。あなたも数百年も探せばきっと見つかるわよ! 騎士団長様だって四百年くらいで見つけたんだものっ! でも、偶然番を見つけるなんて本当に奇跡よね~。たった一人の番に会うために、私たち魔獣人は長い年月を生きながら旅をするんだから」

「ね~ほんと」


 女性はみんな両手を組み、うっとりした目をする。どこの世界も女性の恋バナ好きは変わらないようだ。

 魔獣人って、そんなに寿命が長いのね。種族にも寄って多少の違いはあるが、総じて寿命が非常に長いとは聞いた。でも、数百年だなんて途方もなく想像もつかない。


「私らを含めて、自分が騎士団長様の番だったらと夢を見ていた女はたくさんいるからねぇ。今頃、枕を涙で濡らしているんじゃない?」

「そりゃそうよ。本能で番かどうかを判断できるって言っても、私たちが雲の上の方に会う機会なんてほとんどないもの。遠くからお見かけするばかりでね。期待しちゃうのは仕方ないわよ。やっぱり悔しいけどね! 私が番だったらよかったのにぃ~っ!」

「ちょっとあなた、騎士団長様の番に余計なちょっかいをかけるんじゃないわよ?」

「そんなこと下働きの私がするわけないじゃないの! 職を失いたくないし、番を見つけた魔獣人はとてつもなく嫉妬深いんだから! まだ死にたくないわっ!」


 ジークフリートの番だったらとよかったと言った女性が、恐ろしいと言わんばかりにぶるぶると首を振り、腕を摩った。

 彼女たちの話を聞く限り、やっぱり番とは妻のような存在っぽい。しかし、ちょっかいをかけるだけで職を失い、殺されるって怖すぎない?

 私はペット枠だから、たぶん大丈夫だよね。飼ってる猫にまで嫉妬しないよね?

 なんとなくそんな不安に駆られて、その場から動けずにいると、彼女たちの話はまだ続いていた。


「そういえば、騎士団長様が子猫を部屋に住まわせているって聞いたけど、番が見つかったんじゃ、そのうち追い出されるだろうねぇ」


 はい? 嘘でしょう!? もう追い出されるの!?

 せっかく三食昼寝付きの最高の寝床を手に入れたと思ったのに!

 私は猫だから数百年も寿命なんてない。数百年も生きるなら、十数年くらい猫を愛でても罰は当たらないと思うんだけど、番を見つけた魔獣人にその優しさはないのか。


「当たり前じゃないの! 番が自分以外と触れあってるなんて許されないわ!」

「しかし野生の猫を勝手に拾ってきて餌を与えてさ、また森に放り出すのは可哀想な気もするけどねぇ」

「まぁね、そもそもなんで猫なんて拾ってきたのかしらね? 番が見つかったら邪魔になるって最初からわかるのに」

「魔獣人の番に対しての愛情は、ほかの国からは異常だと言われているらしいさね。そういえば、野生動物を研究している頭のおかしい魔獣人がいるって聞いたことがあるから、騎士団長様もそういう研究目的に拾ってきたとかじゃないかねぇ?」

「えぇ!? その変人、森に動物の死体を捨ててるとかって噂があるじゃないの。騎士団長様とそんな変人を一緒にしないで!」

「だとしたら、なんで猫なんて拾ってきたのさ」

「だからそれを私が聞いてるのよ! それに、たとえ研究用で拾ってきたんだとしても、番に許されると思う?」

「いや、一途で愛情深い魔獣人の番が、小動物とはいえほかの雌に触れるなんて、私だったら絶対に許さないね」

「そうね、当然よね」


 もしかして、この国ってペットを飼う習慣がない!?

 これはもう捨てられることが確定しているようだ。

 さっきまでのジークフリートは、相変わらず溺愛モードだったけど、私にそうと気づかせないようにしているだけかもしれない。

 私はその場を離れて、今度こそジークフリートの部屋に戻った。お腹が空いていたはずなのに、今はもう食べる気がまったくしなかった。


 室温はちょうどいいくらいなのに、なぜかすごく寒い。私はジークフリートの衣装部屋を開けると、二本足で立ち上がり彼のジュストコールを取り出しそれに包まった。ジークフリートの匂いがすると、寒さがほんの少しだけ和らいだ気がしてくる。

 うん、離宮での暮らしはたった一ヶ月だけど、悪くなかった。それどころか最高だった。


 わかってるのよ。幸せな日々なんてそう長くは続かないって。こうなる可能性だって、ちゃんと考えてたから大丈夫。

 ただ、こんなに温かい寝床を用意して、愛情を与えられて、そんなにすぐに捨てるくらいならさ。初めから捨て置いてくれればよかったのにって、ちょっと思っちゃうだけ。


 愛玩動物を飼う習慣がないのなら、助けてくれたのもジークフリートの優しさか、気まぐれなんだろうけど。与えられて、すべてを奪われるのは、結構キツいんだよ。


 いやなことを思い出しちゃったな~。私のクズな両親さ、私が初めてもらった給料をね、今までの生活費として寄越せって全部奪ったのよ。

 その頃は、まだ両親の厳しさが愛情だって信じてたから、私は健気にも初任給で両親にプレゼントを買おうとしてた。そのお金をさ、全部、自分たちのものにしたの。

 その瞬間さ、いろいろと諦めたわけ。愛情を欲するのも、彼らに期待するのも。


 まぁ、前世のことなんてどうでもいいんだけど。もう戻れるとも、戻りたいとも思わないし。猫に生まれ変わっても、家族に恵まれないひとりぼっちだったけど、ジークフリートに優しくしてもらって、けっこう嬉しかったし、一緒に寝るのも悪くなかった。

 あ~あ、これでまた一人か。慣れてるからいいけど、身の振り方を考えないとな。体が少しは大きくなったから、森に入れば食べ物はなんとかなるかもしれない。

 でも、獣肉とか食べたいとは思えないんだよね。たった一ヶ月とはいえ、美味しい料理を食べ続けちゃったから。一度贅沢を知ると、もう昔には戻れないってこういうことよね。


 とりあえず、ジークフリートの番に見つかる前に、さっさとここを離れないと。捨てられるのは仕方がないけど、まだ殺されたくはない。

 きっと会うのも最後だからと、私は寝だめならぬ、嗅ぎだめをするべく、ジークフリートのジュストコールに鼻を埋めた。もぞもぞと身動ぎながらコートの中に体を押し込む。すると首輪がちゃりちゃりと音を鳴らした。

 これは私のためにってジークフリートが用意してくれた。見た目にもめちゃくちゃ高そうなのよ。そうだ。この宝石がたくさんついた首輪を売ればいいかもしれない。

 いやいや、誰が猫から首輪を買い取ってくれるというのか。首輪だけ奪われて終わりだ。

 私もジークフリートやクラウスみたいに、人の姿に変化できればよかったのに。そうしたら、言葉だって不自由しなかったし、仕事だって見つけられたはず。

 このままじゃ野垂れ死にだ。どうしよう。また誰かが運良く拾ってくれるなんて奇跡はきっと起きない。そんなことを考えていると、ため息ばかりが漏れる。


「あれ? なんかこのコートちっちゃくなってない?」


 私は身体を起こして、ジークフリートのコートを手に取った。さっきまでコートにすっぽりと体が覆われるくらいだったのに、やっぱり少し縮んでいる気がする。


「ん?」


 目の前にあるのは五本指の人の手。やたらと小さく幼女の手のようだが、これは誰のなのか。それと、さっきから聞こえる話し声も誰のものなのか。

 私はきょろきょろと室内を見回した。うん、私以外の誰もいないね。もう一度、自分の手のひらを見つめる。手のひらから手首、腕と辿り、脚を見た。

 そこには人と同じ手足がある。


「うそでしょ、人になってるっ!?」


 ジークフリートのジュストコールをほっぽり投げて、姿見の前に立った。そこには、前世の私とは似ても似つかない絶世の美少女が立っている。

 白銀の髪に碧眼。手足は折れそうなほどほっそりしている。おそらく、人としての年齢で言えば、見た目は十歳くらいだろうか。

 姿見に映る私は当然、裸だ。白い肌にキラキラした首輪だけが妙な背徳感を抱かせる。

 しかし今はそれどころじゃない。これも異世界マジックなのか。どうやら私は人に変化できる不思議な猫ちゃんだったみたい。


「あ、でも……人になれるなら、独り立ちできる!」


 この首輪を売れば、当面の生活費になるだろう。

 ジークフリートには申し訳ないが、この首輪だけはもらっていこう。生活を立て直せて、また彼に会う機会があったら、首輪のお金を返せばいいのだから。


 そうと決まれば。

 私はジークフリートの衣装部屋を開けて、シャツを羽織る。下着なんて当然ないから、美少女の素肌に白シャツという変態が大喜びしそうな格好になっているが、仕方がない。

 膝丈のブリーチズに足を通すと、完全に長ズボンだ。ずり落ちてきそうになるのを紐で調節しウエストを絞った。ぶかぶかのブーツを履き、なんとか外に出られる格好になった。この国は様々な髪色の女性がいるから、白銀の髪でもそこまで目立ちはしないはずだ。

 ただ、誰かに声をかけられて、いらない嫌疑をかけられるのもいやだし、どこかで下働きのお仕着せを借りられると助かる。

 王城内で働いている人は大勢いるから、いちいち下働きの女性の顔までは覚えられていないはずだし。


 私はそっと扉を開けて、廊下に出た。いつも散歩しているから、王城内はだいたいわかるんだ。下働きの人たちが働いている棟もね。

 さっきと同じ道を通り、井戸のある場所に出る。そこから一番近い棟が下働きの人たちが仕事をしたり休憩をしたりする棟になっている。

 くんと鼻を鳴らすと、中からは複数人の人の匂い。猫のときと聴覚も嗅覚も変わっていないみたい。

 ちなみに私、ちょっと体が大きくなってから、走るのがすっごく早くなったの。

 と言っても、迷路みたいな離宮で速くは走れないし、人にぶつかる可能性もあるしで、自分がどの程度速く走れるかは私にもわからないんだけどね。

 私は音を立てないようにそっと木の扉を開けて、使用人棟に入った。入ってすぐの扉を開けると、どうやらそこが更衣室だったようで、姿見とお仕着せが畳んで置いてあった。

 誰のかはわからないけど、借ります!


 私は大急ぎでジークフリートの服を脱ぎ、お仕着せに着替えた。サイズは子どもの体の私にはやっぱりぶかぶかだったけど、男物の服よりマシだ。ちょっと大きいワンピースだと思えば、まったく違和感はない。

 ジークフリートの服をこんなところに置いておけば、なんの罪もない女性に盗人の疑いがかかってしまうかもしれない。

 私は仕方なく、彼の服を風呂敷として使うことを決めて、袋状にしたシャツの中にズボンと首輪を入れて背負った。


 よし、と。誰にもバレずにふたたび扉を開けて外に出ると、人気のないところを足音を立てないで本気で走った。

 すごい、すごいっ!

 まるで新幹線に乗ってるみたいに景色が流れていく。

 走りながら、私はかなりはしゃいだ。だってね、もう少し頑張れば、なんとなくだけど空を駆けられるような気がしたの。

 広大な庭を抜けて、出口を探して走りまくった。外に向かう馬車を見かけて、そっちの方向へと足を向けた。だんだんと馬車と人が多くなって城門が見えてきたところで速度を緩める。

 私は人の流れにのって下働きの女性のフリをして王城を出た。入るときは門番に止められるようだけど、出るときはなにも言われないみたいね。

 そうして私は、なんとか王城を抜け出すことに成功したのだった。


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