10-6 救いを求める声が聞こえた
「やれやれ。よくもまぁハデに散らかしてくれちゃって」
ヒトだったモノの様々な部品がそこら中に散らばっていた。
革靴や鞄が見受けられ、小さな子供のものと思しき黄色い帽子も赤く染まって転がって居た。
察するところ、夕刻退社したサラリーマンが出迎えた子供と共に帰宅の最中、といった辺りだろうか。
児童公園の周囲にはご丁寧に結界まで張られ、異臭や悲鳴の類いはことごとく封殺されていた。
それを踏み破って中に入れば、暗闇の中から幾つもの金色の目が一斉にコチラを振り返るのである。
「猫に擬態か。そしてヒトを食い荒らすと。始末に負えないわね」
しかも群れると来ている。
ざっと見たところ七匹、いや八匹か。
デコピンは何処に居るのかと頭を巡らしてみれば、滑り台の下で一匹の猫の骸(むくろ)を眺めていた。
「デコピン、離れていろ。とばっちりを食うぞ」
一振りで一匹を二分割し、返す刀でもう一匹を唐竹割りにすると他の六匹が一斉に逃げ出した。
「逃がさん」
すでに臭いは特定した。
一度
ダッシュの数歩で追い付き最後尾のヤツを斜めに二分割、その横に居たヤツが逆襲してきたが首を切り飛ばして四匹目。
あとの四匹はバラバラになって逃げるのかと思いきや、一番先頭のヤツが道の真ん中で立ち止まって振り返り、あたしと目を合せた。
ギラギラと刺さんばかりの殺意があった。
そうか。キサマが群れのリーダーか。
付き従っていた三匹が一斉に向きを変えて襲いかかり、そのまま群れの長は一目散に逃げ始めるのである。
「下衆は何処にでも居るのね」
部下を盾に逃げおおせるとでも?ふざけたネコ様だ。
襲いかかる三匹を軽く
塀の向こう側へと跳ぼうとした刹那であったが問題はない。
一瞬でその中身が盛大に路上へ吹き飛んで飛散する。
実に汚い花火だなと思う。
たたらを踏んだ三匹の内一匹を蹴り上げ、空中でその尻尾を掴まえてそれを得物代わりに振り回し、もう一匹へと叩き付ければ二匹仲良く肉塊になった。
最後の一匹も同じく蹴り上げた後に尻尾を掴んで電柱に叩き付けたら、頭が消え失せて静かになった。
リーダーが失せた時点で逃げ出せば、まだ生き残れるチャンスもあったろうに。
まぁ逃がすつもりなんてサラサラなかったのだけれども。
トータルで一分も掛かっただろうか。
自分でも先ず先ずの手際だとは思うが、散らかした範囲が少々広かった。
コイツらの食堂の件もある。
あたし一人では手に余るし、そもそもココは自分の仕事場じゃあない。
鉈を拾って
マズい。
ここで悲鳴なんぞを上げられたら面倒くさいことになる・・・・
「あなた」
少女が発したのは一言だけ。
その視線が路地の惨状を見回して、瞳孔がゆっくりと開いてゆくのが見て取れた。
そして急速に感情が失せ、パリパリと張り詰めた何某かが、周囲の空気を過敏に震わせてゆくのである。
そうか、この娘か。
血の臭いに魅せられて出てきたな。
あたしが再び鉈を抜くのと少女が逃げ出すのはほぼ同時だった。
蟹江國子は当て所なく夜の町を彷徨っていた。
啖呵を切って飛び出したのは良かったが、ハッキリ言って途方に暮れていた。
アレをどうやって見つければ良い?
何を手がかりにすれば良い?何処に潜伏し、いつどうやって餌をおびき寄せているのか。
違和感のある臭いをこの広い住宅地の中から捜し出すのは簡単じゃ無いし、どう考えても自分一人では無理がある。
勢いに任せて飛び出して来たものの、探索の為の具体的な手法や方法がてんで見当が付かなかった。
確かに基本的な探索方法のレクチャーは受けて居る。
だがそれは最低限の手順でしかなくて、現場でいざ実行しようとすると頭の中が真っ白で、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
わたしは無力だ。
そもそも現場で業務に従事出来るまでの事前訓練すら終わっていない。
未熟というにも程があろう。
ほんの数分前までは、邑﨑という名の先達の言葉が許せなかった。
子供達を子供達とも思わぬその態度や、死者に対する冒涜ともとれるその考え方が許せなかった。
だからこそ肚の底から憤慨し即座にあの場を後にした。
だが少し頭の芯が冷えて考え直す内に、彼女の全てが間違って居るとも云えないのではないかと、そんな具合にも思えて来たのである。
先程は頭に血が昇り、
少なくとも早急にアレを狩り、子供達への被害を最小限に留めようとして居るのではないか。
ただ方法と言葉の選び方がぞんざいなダケで、根っ子の部分では自分と同じ場所に立っている。
そんな気がしたのだ。
そう思い至った切っ掛けは、あの武道場のギャラリーの反応だった。
単純な駆逐数だけ、ただ実績が多いだけの駆除者が香坂先生やその他の公安の先輩達にあれだけ慕われ、高い評価を得ることが出来るのだろうか。
法的に死者として取り扱われ、決して公にされない受刑者だというのに。
剣道の上位者にしてもそうだ。
優勝を重ねた者だけが尊敬を得られる訳では無い。
試合に勝てなかったとしても敬意を払える相手は幾らでも居た。
そう思い直したのである。
もう少し落ち着いて話を聞けば良かった。
そうすれば先程よりもいくらかマシな返答が出来たかも知れなかったのに。
つくづく自分は未熟者だと吐息を付くと同時に、次会った時に彼女へどんな顔をして会えば良いのかと頭を抱える羽目になった。
「・・・・」
引き返そうか。
戻って自分が浅慮であったと頭を下げて、再び彼女の後ろをついて回ることにしようか。
夜の町を目的もなく徘徊しても意味は無い。
半人前が場当たり的に偶然目標を発見できるなどと、そんな虫の良い話が転がって居るハズはないのだ。
だいたい自分は
どう考えても筋を違えているではないか。
「そう。そうよね」
戻って先程の非礼を詫びよう、そうと決めて立ち止まり踵を返したその瞬間である。
「助けて」と夜陰の何処からか、救いを求める女性の声が聞こえてきた。
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