10-4 変わらない普通の規範
キコカは午後の授業をサボる
成り行きなのか、それとも裏方で算段された某かのせいなのか。
少なくともここ数日は蟹江國子の面倒を見なければならないのは間違いなくて、何処かに取説はないものかと思ったのだ。
ランチの時の打ち明け話を裏付けながら詳細に目を通すと、思いの外に閲覧制限のある項目が多かった。
どれもコレも駆除者の権限では覗けないレベルのものばかり。
すこし考えた後に香坂へ連絡を入れると、二つ返事で制限解除された資料が彼の秘匿回線で転送されてきた。
なんだこりゃあ。
中身を読んでまた溜息をひとつ。
やれやれ、これは大した内容だと、苦笑とも諦めともつかぬ独り言をこぼすハメになった。
「邑﨑さんはいつもこんな時間から巡回を?」
陽は落ちて時刻は二〇時を回っていた。
校内に人気は既に無いが深夜と
特に夏場ということもあって、先程沈んだ太陽の熱気がまだ色濃く周囲に満ちている感触があった。
「この季節は肝試しにかこつけて餌を呼び込む連中が増えるからね。狩りや食事の時間は冬場よりも早まることが多いわ」
「なる程」
「これでも今日は少し遅い位なんだけれど、デコピンが妙に張り切っているから任せてみたのよ。この付近に気になるメス猫でも見つけたのかもね」
「相棒のあの黒猫さんですね」
「ムラっ気があって扱いにくいけれど、まぁ役には立つ。でも、あなたが得物を持ってくる必要はなかったのに」
「いえ、現場に
「恐らく今夜狩りは無いわ。まぁ、恐らく程度なのだけれども」
アレが飢えに至る頃の、あのピリついた空気の感触が微塵も感じられなかったからだ。
以前の食事から恐らくまだ四、五日といったところで、飢餓を覚えるにはまだ日にちも浅かった。
「そういう、ものなのですか」
「わたしたちは臭い、何を置いても臭いに敏感でないと。あなたは実務訓練もまだなのでしょう?先ずは自分の身体に馴染むことが先決だと思うわ」
彼女が少し不安げに手を添えたその腰に下げるのは、反りの小さい細身の日本刀だった。
刀と云うよりはむしろ剣に近いように見えた。
「あなたは外回り組?」
「いえ、まだ決まっていません。ですが学内担当を希望してます」
「屋内でその得物は辛くない?」
「この長さが一番しっくりくるんです」
「まぁいいけど」
学校内に配属される駆除者の多くは、大抵長尺ものより短尺の得物を好む。
屋内での立ち回りが基本となるから、長物では太刀筋が極端に制限されてしまうからだ。
中学生用の三七(三尺七寸)竹刀でも振りかぶれば容易く天井や鴨居に当たって、まずまともに打ち込むことは出来ない。
キコカの使う
だがそれは、あくまでそういう傾向があるというダケの話で、極端に常識外れでない限り、結局当人が一番使い易い道具を選ぶのが良い結果を得やすかった。
とは言えこの新規品、学校内で運用するより外回りの方が良い結果を出せそうな気もするけれど。
武道場での一件のあと彼女は随分とヘコんでいたらしいが、その実、立ち会った時の感触は悪くなかった。
確かに剣道経験者特有の教科書通りの太刀さばきだった。
だが、現在自分のフィジカルをキチンと理解させて鍛え直せば悪くない能力を発揮しそうだ。
香坂医師も言って居たが上手く訓練すれば大化けする、そんな手応えがあった。
だが最大の懸念は腕前や得物などではなく根本部分だ。
彼女のメンタリティがどれ程安定して活動出来るのか、ただその一点なのである。
何しろ対する相手は人外の異形、ヒトに仇なしヒトを餌とするヒト喰らい。
とはいえ外見は丸きり少年少女の姿なのである。
一人で真っ向相手にしたときの、彼女のリアクションが目に浮かぶかのようだった。
たとい端からソレだと判っていても初見の者は大抵二の足を踏むか、抗しがたい罪悪感に苛まされる羽目になる。
一太刀でも入れられるのならまだ上等。
しかし果たして、助けてと泣き
息途絶えるその瞬間まで演技を貫く芸達者なモノすら居る位で、実に全く油断がならない。
そして初仕事で屠られる再生者はそれ以上に多かった。
まぁ、あたしが心配することでもないケドね。
自分達再生者の先行きを決めるのは全て上位者の胸先三寸、そこは何処までいっても変わらない普遍の規範だった。
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