その4 本の海中に住む深海魚

(4)




 時間を店主の長話で拘束される前に少し戻す。

 そう、古書店を訪問する前に。

 季節は夏ではない、――冬である。

 しかしロダンの季節に対する印象は夏が勢いよく駆け抜け、秋すらも蹴とばして冬を突然呼び込んだ気がするから、夏が過ぎていきなり冬という季節感でいる。

 だから夏に剃った禿げた頭も毛が伸びて、今ではちょっとしたマリモ感があるが、寒い冬に丁度良いと迄は言えないまでも、つるつるの坊主頭より、俄然こちらが良いという雑草扱いで手入れが全くできてない。

 そんな雑草マリモ髪で厚手のコートを纏って、今日、ランドナーを漕ぎながら中津までやってきた。

 寒い冬だ。寒風にさらされて淀川の長い橋を渡りながら卍楼に行くより、淀川を渡らない手前の中津まで来る方が幾分か増しだと言え、それでも寒い。

 ロダンは商店街へ入ると、店を探した。長い細いウナギの寝床のような路地の商店街。手袋を摩りながら、辺りをきょろきょろ見渡す。

 店舗はやや少なく、薄暗い。そんな商店街を歩く事、数分。やっと目的の店を見つけた。


 ――古書店『蜥蜴堂』。


 ロダンは自転車ランドナーを停めると、店の木戸を開けた。そして木戸が滑る音が終わらない内に、店内へと足を踏み入れる。

 そして店内を見まわす…というか見上げた。

 見れば壁一面、古本が所狭しに天井高く積まれている。それはまるで大きな書籍の大波を被りそうな感覚、――それは葛飾北斎の浮世絵『大波ビッグウェーブ』さながらだ。

 ロダンは唖然とするような気持ちに襲われ、店主の何とも言えない恐ろしさを感じてしまった。

 いくらなんでも全部の本に目を通している訳ではないだろうが、これ程の蔵書を扱うというのはきっと本の道に長けた人物に違いない。

 売り本について色々問われるわけであろうし、だからこそあらゆる蔵書を売り買いしている訳で…、となればその見識は何という奥深さであろうか。

 ロダンは息を呑む。


 ――きって店主は本の海中に住む深海魚に違いない。

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