「ハッ、俺達はお前の権能を勘違いしてたってことかよ！！」

アウルは叫びながらも、伸びてくる魔の手を紙一重で躱していく。どうやら伸ばす腕にも射程の限界はあるようだ。というか、なかったら強すぎて全滅不可避だ。

アウルたちはてっきり、高速移動と超膂力を切り替えるのが権能だと思いこんでいた。しかし、高い身体能力といえば“雷磁の帝馬（スレイプニール）”も当然のごとく誇っていた。やはり、高い身体能力だけというのは“名前持ち”の格には似合わない、特殊なチカラを持ってこそだということなのだろう。

「キ……！」

「危なッ……！？」

「アウル！下がってなさい！」

カレハがリズムよくステップを刻んで近づいていく。まるで地獄に引きずり込む魔手のように、何度も賢猿の毛むくじゃらの腕が迫り来るが、カレハはそれに合わせて横移動を追加しているため、当たることは無い。

腕の攻撃は、そのまま腕が伸びている以上、柔軟な動きはできないのだ。肩と肘で曲げられるとはいえ限度もある。反復横跳びをするようなカレハの動きに追いつけるはずがない。

とは言え、伸びたり縮んだりする速度は眼を見張るものがある。少しで選択を失敗すれば、すぐさま捉えられる可能性もあるのだ。

「その程度の攻撃、当てる気もないわよね！」

だがカレハは頼もしいセリフを吐いて、掠ることすらないまま肉薄した。もう既に拳は硬く握られ、構えられている。攻撃中というのは得てして、無防備になってしまう。それは人間でも、〈ヴータリティット〉でも同様だ。カレハの破魔の拳が振り抜かれて、鈍い肉の音が響く。カレハも、賢猿も叫ばぬ、静かな激闘が始まった。

「シッ」

「──────！」

眼前で勢いよく伸び始める腕をしゃがんで避ける。頬を撃ち抜かんとする拳は伸ばした手を扇のように煽られて、身体ごと後退せざるを得ない。横からフルスイングのバットが迫るのを、上に飛び上がって回避しつつ、自然に蹴りの姿勢へと移行。飛び上がった勢いそのままに膝蹴りを叩き込もうとするが、分厚い手のひらに阻まれる。

まさに一進一退。カレハが一撃を決め込もうとする度に賢猿に防がれ、逆に賢猿が攻撃しようとすればカレハの敏捷にものを言わせた回避で空を切る。

アウルはその闘いをつぶさに観察しながら、思考を巡らせる。

（片手のない猿とカレハが同等レベル、残存体力的に言えば賢猿の方が僅かに有利か。ただ、こちらはエーゲン・ラフトの全員が余力がある。協力すれば打ち倒せるはずだ。ただ、有効打とするには眼力が必要だな……。そうだ。マルルの攻撃を利用していけば……！）

眼力が瞬く。それは、アウルの閃きのサイン。

ユウセイとエディアを手信号（ハンドサイン）で呼び寄せつつ、未だに力強い羽ばたきで滞空するマルルを睨みつける。

彼(？)は視線に気づいたようで、その厳しい顔をこちらに向ける。ただ、表情はおちゃらけたような笑顔で、まるでこちらを舐めているようだ。

「あら、どうしたのかしら？もしかして、私のことが魅力的に映っちゃったのかしら？」

「違う。お仲間のゴドウィンが気絶しているのに見ているだけなんて随分と薄情だと思っただけだ」

「薄情、ねぇ……。彼はこの程度ではくたばることなんてないって言う信頼なのよ。もちろん、彼に異変があれば即座にその原因ごと排除するけどね」

「…………どうして、そこまで信じられる？ゴドウィンは、目的のためには騙すという非人道的な手段を躊躇わず用いる男だぞ？」

「騙すことが非人道的………………坊や、甘っちょろいわね。この世界は、残酷なほど冷酷よ。選べる選択がある時点で、恵まれたモノだと思いなさい」

そう何かを諦めたように呟くマルルの顔は無機質で、まるで別人になったかのごとく。すぐさま微笑を取り戻し、マルルは吹き飛ばされて転がったままのゴドウィンを指さした。

「彼も私も、自分が選べる側の人間だと思っていたわ。だから今をこうして生きてるのだけど。選べる側になるために。……………………君が、選べる側の人間なのか、選べない人間なのか。それを決めるのは天なのよ。自分が選べる側だと思い込まないことね」

「ハッ、余計なお世話だ。選べる選べないじゃないんだよ。眼の前の選択を、後悔しないように見極めて、もがくだけだ」

マルルもアウルも、これ以上は話が平行線になると思った。互いに視線を逸らして、賢猿を見る。カレハと隻腕の賢猿の闘いは加速していて、互いに打撲や痣を作りながらも、突撃をやめない。

「【身体射出（クゲル・カーパー）】」

「【精光弾（クゲル・リヒト）】」

マルルとエディアの魔力が同時に膨れ、現象として弾ける。マルルの二の腕から太い骨がベリベリと剥がれて、槍となって射出される。エディアが生み出した光弾は光の尾を曳いて、賢猿へと一直線だ。

彼女にはこう作戦を伝えてある。アウルがマルルを煽って攻撃をさせる。賢猿は否が応でも対応しなければならないので、その一瞬だけ上に視線が向くはずだ。その一瞬をついて、魔法を叩き込むんだ、と。

「────────！」

「ちょっと！邪魔しないでくれる！？」

位置の都合上作戦を伝えられなかったカレハが、見当違いの不満を言う。信頼を込めた魔眼布越しの視線で黙らせて、光弾の成り行きを見守る。賢猿はチラと少しだけ見る。そして腕を少し伸ばして、上から飛んでくる骨槍を、長くして当たり判定を大きくしてから横から叩く事ではじき飛ばした。そして視線は、飛んでくる光弾にしっかりとロックオンされている。

作戦の失敗か。カレハはそういう焦りの視線をこちらに寄越すが、これも計画通りだ。既にユウセイに伝えてある。