第46話 攻略、開始

「誰か…………」


信じられないほどかすれた声を、カラカラの喉から絞り出す。誰に届くでもないとわかっているが、口に出すだけならタダだ。多分今頃、パーティメンバーが助けを呼びに駆けずり回っているところだろう。

身体がガタガタと震える。これはただ寒いだけなのか、助からない恐怖によるものなのか。何故自分はこのような場所に来てしまったのだろう。

悔やんで、責めて。負の連鎖は助かるまでとどまることを知らないに決まっている。


「…………はや、く」


伸ばした手は、誰かに握られるのか。



 @



「とりあえず、8階層から攻略しますか?」

「そうするか。どうせこの階も〈ヴータリティット〉は湧く。転移陣まで歩けばそれなりの数倒せるだろ」


ウィーナの工房をあとにして、茹だるような暑さの中岩肌の8階層を進むエーゲンラフト一行。この場所の暑さの由来は溶岩であるために、対策しようにもできないのが現状。というわけで、力技、我慢がこの階層唯一の攻略法だと踏んだアウルたちは、なんとか暑さを紛らわせようと、雑談に興じようとしているわけだ。


「はあ、それにしてもカレハさんは平気そうですね」

「全然平気じゃないわよ、もう今すぐこの場で服を脱ぎたいくらいだわ」

「そうなんですか?顔は澄ましているのに……」

「我慢には慣れているからね…………って、来たわね」

「ブルルルルッ……」


それは、イノシシだった。そこだけ見れば、前にカレハが瞬間蹴飛ばしたイノシシ型〈ヴータリティット〉とほぼ一緒だろう。しかし身体の文様が、纏う雰囲気が、そして何より体躯が異なる。ソレはまさに巌のばかりの巨体で、背丈はゆうに長身のユウセイを越している。エディアの矮躯と比べれば、もはや小山に等しいレベルだ。その猛猪は、焦げ茶の体表に赤いラインが何本も、妖しく光りながら流れている。どう見ても、炎を使いますと言わんばかりの色合いだ。

そして、そいつは大きな鼻で息を吸うと、鼻から炎を吹き出した。


「あぶな!」

「熱い!」

「よくもやったわね、デカい豚の曲に」


カレハが岩肌の地を蹴飛ばし、猛猪に肉薄する。勢いをつけたまま振り抜かれた拳が、頬を撃ち抜く。衝撃波に顔をぶっ叩かれ、しかしイノシシのその巨体は揺るがない。

ただ痛みはものすごく感じたようで、カレハの方に振り向いた瞳には、瞋恚の焔が鼻だけでなく燃え盛っている。


「怒った?でもこれくらいじゃ止まらないわよ!」


カレハの身軽さを武器にした猛攻。飛んで蹴って、走って殴って。そのゴワゴワとした毛が生えた皮膚に、痣をいくつも刻みつけ続ける。

無論猛猪も黙っているはずがない。こんな小娘にやられるかと、身体を震わせて近づけさせんとする。

しかしその蠕動など、ランカーと戦い経験を積んだカレハにとってはあまりに無力。気にせず突貫を続けようとした。

ただ。


「まずい!戻れ、カレハッ!」


アウルの卓越した眼力が、体表上の文様に魔力が充足されていくのを捉えた。思わず叫んでしまう。

カレハはその警告を聞き、素早くバックステップで宙返りをしながら帰ってくる。もはやカレハは、アウルの警告に無意識で従うレベルで信頼を築いている。

刹那、文様が白熱し、劫火を放出した。


「なんつー魔法を……」

「危なかったわ、ありがとう」

「礼には及ばんさ、それよりアイツだ」


視線を向けると、イノシシは先程の炎攻撃によって、自身のゴワゴワとした毛に火を放ったようだった。その姿は炎に包まれ、近づけば大きなダメージを負うこと請け合いだろう。


「チッ、考えたわね」


カレハは舌打ちするものの、その眼は面倒くささに支配されているだけで、勝てると確信した瞳だ。

ユウセイもそう思っているようで、腕を組んでカレハに近づいた。


「ただ、炎を使うんだったらもっと柔軟に使えるようになるべきだな、どっかの第4位みたいに。文字通りのになるだけなんて、しょぼいだろ」


ルイズとの戦いで、熱や火に対する策はいくつも作っている。そのうちの一つだ。ポンと手をカレハの肩に置き、魔力を閃かせる。


「【情報付与】対象:カレハ・ライン 効果:熱耐性、身体強化!」


ユウセイの魔力がまるでベールのようにカレハをつつみ、その躯に熱への耐性と高い身体能力をさらに強化する情報を付与した。

カレハは待っていましたとばかりに舌なめずりをし、足に力を溜める。


「一撃で沈めるわ!」


飛び上がる。その勢いは猛烈で、一飛びで天井にまで届きそうな程だ。

イノシシ型〈ヴータリティット〉も、最大限の警戒をしていたのだろう、カレハが飛び出すのに合わせて転身、吶喊してくる。まさに猪突猛進だ。焔の巨体で轢かれたら致命傷になるやもしれない。それくらいの威力だ。

カレハはその突撃を見て口の端を歪め、そして、空を蹴った。強化された身体能力は、空中を蹴り飛ばせるほどになっているのだ。砲弾の如し勢いで発射し、転身、すぐさま蹴りの姿勢へと入る。


「私の飛び蹴りは、ちょっと痛いわよッ!」


空中を飛翔し、地を猛進する。凄絶な勢いでふたつの砲弾が、激突した。ドッッ!!という音とともに、衝撃波が駆け抜ける。アウルたちはいつもの光景にニヤリと笑い、カレハも会心の一撃に拳を握る。

猛猪はその蹴られたインパクトで、進行方向に大きく吹き飛んだ。そして、壁に激突して、光の粒になって消えた。


「ふう、やっぱり8階層にもなると相手が固くなるわね」

「そうでもないみたいだぞ?」


アウルが指を差した方向には、先程吹き飛ばされたイノシシ〈ヴータリティット〉の巨体に轢き潰された他の〈ヴータリティット〉の跡が無数にあった。

どうやら先程のイノシシ型が耐久性を誇るものだったらしいその光景に、カレハあと一同は苦笑した。

そのまま階層を踏破していく。茹だるような暑さはもはや慣れ、岩肌を歩く痛みもほとんどない。

第8階層の転移陣を前に、アウルたちは到着した。

そしていざ転移陣に乗ろうとしたまさにその瞬間だった。


「光が……!」

「誰かが転移してくる?」

「出会い頭に衝突とかならなくて良かったな」


男が、切羽詰まった様子で転移陣から現れた。キョロキョロと視線も忙しく、まるで誰かを探しているようだった。

そして、アウルと魔眼布越しに眼が合う。男はずんずんとアウルに近づき、がっしりとその肩を掴んだ。藁にすがる姿勢と全く同質で。


「頼む、助けてくれ。俺のパーティメンバーが、生き埋めになった」


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