第44話 浮上する問題
「またアンタ壊したのかよ!!いい加減にしろ!!」
「まあまあ、そうカッカするのはやめや。儂だって、好きで壊してるんじゃないわい」
「剣の扱いが雑いからだよ馬鹿野郎!」
ウィーナが彼の姿を認めるやいなや、怒髪衝天をつく勢いで怒鳴り散らかし始めた。その態度はもう慣れと諦めがどこか入っていて、二人が顔見知りということが伺える。彼女の長身が詰め寄っていくと、かなりの威圧感になるはずなのだが、一方男はあくまで飄々とした雰囲気を崩さず、余裕を保っている。
男は風貌でいえば、灰色の髪を後頭部でまとめた、頓着していなさそうな髪型に加えて、深緑の水晶が眼窩に嵌っている。纏う雰囲気は軽薄とも物静かとも異なる、独特のものだ。
男はウィーナの怒りを無視して、こちらに話題の矛先を向けてきた。
「で、そこのおみゃーさんたちは?まさかウィーナが詐欺を仕掛けてきたんじゃあるまいに」
「違うわ馬鹿。客だよ、客」
「あんだ、お客さんかいな。コイツにいきなり話しかけられて、怖かったやろ?」
「アハハ……」
謎に同情を買われたので、苦笑する以外アウルたちはすることができない。本人のいる手前、そうですねと肯定するにもいかないだろう。
「後輩ちゃん達をいじめんじゃねえよ、フィズ」
「フィズ?」
「儂の名前やよ、フィズ・ガンジス。コイツと同じ、4年や」
「ってことは、ウィーナさんって4年だったんですね……」
「あり、言ってなかったか」
「そうですね。それで、お二人はどういった関係で?まさか……」
エディアが、好奇心丸出しの輝く瞳でそう問いかける。すると、二人は同時にお互いを指差して、手を振った。
「「ただの常連と店主の関係だ!!」」
「そ、そうですか」
「誰がこんな鉄女と……」
「鉄女ってなんだよ、オイ馬鹿」
「熱しやすくて、芯が硬いからやな」
「…………言いえて妙だな」
「君ィ!」
ボソリとユウセイが呟くと、心外だったようでウィーナが叫んだ。と、いい加減に漫才のようなことに耐えきれなくなったのか、カレハが口を挟む。
「で、結局私達と何を話すのかしら?」
「何をって、依頼の話だろ、鍛冶の。君たち、武器を作って欲しいんだろ?」
「なぜそれを」
「素手で、鍛冶を話題に出してるってことはそういうことでしかないじゃん。いいよ、作ってやるよ」
彼女の言うことに嘘も偽りもないのは、一部始終の会話から伝わってくる。であれば、彼女が武器を作ってくれるのは本当の話に違いない。鍛冶の腕は、信頼するだけだ。
「いいんですか?」
「応ともよ。それが仕事だしな。あ、もちろんそれ相応のものは支払ってもらうが……」
それはそうだろう。無償ほど怖いものはない。覚えがあるのか、ユウセイはとても深く頷き、アウルも軽く首肯した。
「それって、オーダーメイドってことだよな。なら、色々指示していいか?」
「無論だ。君たちそれぞれに合う武器を作ってやんよ」
ウィーナは腰からハンマーを抜き取り、肩に引っ掛ける。そのさまは本当に堂に入っていて、まさに質実剛健な鍛冶師という印象を、不思議とアウルらに与えた。
「んじゃ、まずはどんな武器種がいいかだな。そこの馬鹿はいつもの剣として、君たちは?」
「いつものでまとめんなや、儂だってしっかり指定はしたいんやが」
「黙っとけ」
「ア、ハイ」
「……俺は、こういうやつが良いんですけど」
ユウセイは、既存の武器種ではあまり見ないような形状を空中に書いた。彼女も引っかかったのだろう、ユウセイに顔を近づけて、その武器の詳細を事細かに聞いている。
「なるほどな、お前さんの魔法に合わせた汎用性のある武器……面白い」
「私は杖がいいです」
「杖、ね。オイラは魔術刻印は耐久増加しか出来ないが、いいか?」
「ええ。魔術刻印なら他の人にも依頼できるので」
魔術刻印というのは、魔法的な作用を起こす専用の紋章であり、使用者の循環魔力を利用して武器防具を強化できる。魔術刻印は鍛冶師が簡易的なものをつけるか、刻印師が魔法陣を媒介して本格的につけるかがある。どちらにせよ一朝一夕で身につけられる技術では無いので、刻印技術があるものは引く手あまた、ということだ。
特に
「おっし、なら見た目にこだわりゃいいな。そっちのお前は?」
「私の武器、ね……」
「おや、乗り気じゃない?」
「まぁ。武器を持つのはいいんだけど、肝心要の私が振るう技術がないのよね」
確かに、カレハはその自慢の身体能力を十全に活かした肉弾戦だ。剣術を使える、という気配はしないので、習っていなかったのは確かだろう。それに、彼女の強みは身軽さからくるスピード戦だ。適当な武器を持ってその強みを殺してしまうのは、残念ならない。
「ふむ。それなら手甲と言うのはどうだ?あれなら、相当厚くしなければ重みはないし、何より素手に近い取り回しが出来るぞ」
「……手甲、確かにアリね。バトルスタイル的にも、拳の防御は欲しかったもの」
「それじゃ、それで決定だな。眼帯のお前さんは?」
「俺は直接戦闘をするわけじゃないから、武器はいらないな。すまない」
アウルがそう言うと、彼女は何かが引っかかったのか、顎に手をあてて考え始めた。
そして指を一本立てて、講釈たらすように言う。
「護身用の短剣、ナイフとかはどうだ?持っておくに損はないだろ」
「……心得は全く無いが」
「ま、ナイフなんて振り回しゃ意外と脅威になるもんよ。火力不足は否めないけどな」
「なら、それでお願いしよう」
「オーケー、これで四人のリクエストが揃ったな。早速作る、と言いたいところだが、お値段の話をしようじゃないか」
ニコリと、どこか営業的な
「あ、私金貨は持っていないですよ?この塔現金を使う機会があまりないので」
「私もだわ。分割払いってできるのかしら?」
「というか、そもそも金貨で払うのか、これ?」
「カムフトームだぞ、ここは。勿論ポイントで支払うに決まってんだろ」
そう言って、彼女は書き終えた請求書を、アウルたちの眼前にビッ!と突きつけた。
その額はというと。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん…………」
「「「「…………200万ポイントォ!?」」」」
戦いを得意としない、と何故彼女が自称していたのかという疑問が、一気に最悪の形で氷解したのだった。
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