第24話 部位破壊は紳士淑女の嗜み
奴の銀雲が莫大な質量と勢いを武器にカレハに肉薄、だがその攻撃は放たれた音速の拳が相殺、衝撃が周りの土をめくれ上がらせる。
……今更の話だが、本当にカレハの膂力は異常の一言だろう。一蹴りだけで宙に浮く麒麟へと肉薄、手刀は硬い筋肉質をも切り裂くなど、スキルといえど
「……頑張ってくれ、カレハ！」
横に駆けたり、飛び上がったり、の３次元的な機動でカレハが麒麟を翻弄する。本命の角を狙う一撃を紛らわすための手数に特化した飽和攻撃だろう。前の巨人とやっていたような曲芸と同じだ。
鈍い鉄色の靄が集まって、カレハとの間を遮る壁とも、カレハを穿つ槍とも、と自在にその形を変えていく。その度にカレハは粉砕、迎撃、肉薄からの打撃と、着実に対応しダメージを積み重ねていることがかろうじて目で追える。
「アンタの攻撃は、もう見切ってきたわ！」
快哉の声が響く。麒麟は、言葉は通じていないであろうが、苦戦していると言うことくらいは分かるのだろう。その瞳は冷徹にカレハの動きを追いかけており、反撃の機会を虎視眈々と伺っている。刹那、角が放つ光の量が増加、周りの地面から銀砂が巻き上がる。砂漠に起こる竜巻のようなその光景で、奴がいい加減に本気の片鱗を出し始めたということが分かった。カレハはその光景を見て、再び拳を麒麟に打ち付けんとする。しかし、それを包囲する銀の粒の塊……銀雲が妨害した。カレハの肢体に絡みつき、その動きを縛る鎖として運用したのだ。
「厄介なことを……！？」
カレハが嘆きながら、その肉体を動かそうとする。しかし返ってくるのはギチギチと痛々しい音と硬い感触だけ。この〈ヴータリティット〉に鎖を作り出すという知能があることにも、そしてそれを実行してのける技術にも驚きを禁じ得ない。成した張本人である麒麟は悠々と歩を進め、カレハに近づく。だが、その油断は命取りだ。アウルはなるべく足音を消し、そしてカレハと麒麟との間を陣取る。まるでここを通りたければ俺を倒してからにしろ、といった感じの風格を流して、仁王立ちした。
「ハッ、何のためにパーティを組んでいると思ってるんだ」
魔眼布に手をかけ、バッと効果音が付きそうなほど勢いよくそれを下ろす。即座に露わになるアウルの脅威的な眼力が、麒麟の碧色の顔を射抜いた。だがしかし、麒麟のキリリとした顔はこちらを見ていない。なんと、あろうことかその瞼を閉じているのだ！まずい、と脳に過ぎた。
アウルの眼力は目線さえ合わせれば絶対の勝ちに直結する。しかし、目線を合わせられない……目で追えぬほどの高速移動や、今のように目をつぶってでも動ける達人などを相手取ると、眼力が意味のないものと化してしまう。分析はできても、アウル自身が戦力にカウントできないのだ。
だがそれでもアウルは吶喊してくる麒麟から逃げることはない。なぜなら、少しでも彼女の生存率を上げるためだ。
「行かせるかよ……」
刹那、麒麟の顔がこちらを向いた。声で中に入られたことを察したようだ。麒麟は甲高い叫喚をあげ、周りからざあという雨のような音がなる。その正体は、麒麟の叫びに呼応して地面から飛び出てきた銀の砂だ。それらはまるで虫の大群が餌を見つけたときのように、獲物を捉えようとのたくるヘビのように、アウルへと殺到する。
その群を、アウルは遮るものがなくなった眼の動体視力で避ける。紅橙色の髪が揺れ、その瞳は燦めく。もはや未来視じみたその動きは、アウルがカレハに負けず劣らずの化け物であるということを如実に示しているのだが、本人に自覚はないようだ。
だがその回避行動も、だんだん精彩を欠いてくる。なにせ、巨人との戦闘のすぐ後に麒麟が強襲してきたのだ。まともに休憩も取れぬままに頭と身体を酷使したので、体力の限界が近づいているのだろう。
しかしてアウルはこんな絶体絶命の状況で口元をにいと歪める。けして戦闘狂というわけでも、
「遅くなったわね、交代するわよ」
その瞬間、一陣の風が横を通った。もちろん、銀色の鎖を砕き自由となったカレハによる突撃だ。カレハは戒められて相当鬱憤が溜まっていたのだろう、先程の戦闘よりやや荒っぽい急制動で、麒麟の耳を翻弄する。そう、アウルがここに位置することで麒麟は眼を見開けないが、眼を開かなければカレハの攻勢に対処できない。板挟みを押し付ける、アウルの策だ。
「どうしたの、さっきから動きが鈍いわね！」
連撃、そして煽る言葉でカレハが果敢に攻め込む。返す麒麟は咆哮、舐めるなとばかりに銀色の紗幕の密度を高める。即座に、それらが弾丸としてカレハ、アウル諸共を破壊するため全方に射出された。まず狙うということを知らないその攻撃は、身体に生傷を負わせていくだけではある。しかし傷は傷、カレハもその攻勢を止めざるを得ない。カレハは身軽にシュタと、アウルの近くに着地した。
「──キュウッ！」
未だに鳴く麒麟はその纏う銀灰を高速で回転させ始める。紫電を使ったバリアの代わりとでもしたいのだろう。高速で回転させることによって、拳を当てようものならゴリゴリと削れていってしまうのは明確。カレハは舌打ちを一つ零す。
「攻めづらい……やけに知能が高いわね？」
「元の魔獣がこれくらいなのか、それとも幻影を作った人が性格悪いのか……」
「だとしたらソイツぶん殴りたいわね」
「ま、こんなに強けりゃポイントも相応だろ」
「そうね、とっとと倒してポイントを貰いましょう！」
その言葉で自分も奮起させたのだろう、今一度眼を眇めて、麒麟を睨め付ける。アウルが離れたことを察してすでに眼を開いている麒麟は、決然とこちらを見る。その眼差しにこの相対が最後になる、と互いがボロボロになったこの状況で確信した。
「行くわよ……ッ！！」
動いた、カレハが先制となった。カレハは走りきり、その高速回転する銀の雲に肉薄する。拳を振り上げ、そして激突する寸前に、拳を止めた。寸止めだ。麒麟の顔が驚きに染め上げられる。拳が寸前で止まったことで、それまでの勢いによっての風が巻き起こる。カレハのもはや人外じみている膂力の急制動だ。起こされる風も尋常ではない。そして、至近で発生した颶風に、それ単体の質量は低い銀の砂はその半分ほどを吹き飛ばされる。
……薄くなった斬首の銀雲は、用無しと判断されたのか。角が煌々と輝く。何箇所かに集まった銀雲がトゲのように尖って、射出される。
針鼠のようなその苦し紛れの針は、狙いすまされたものではない。カレハの柔肌をかすめて地面へと突き刺さるものが大半だった。もちろん麒麟もそれで倒せるとは思ってもいないだろう。その証左に、麒麟自身がその蹄を鳴らしてこちらに迫りくる。嘶きがカレハの上に現れ、硬い蹄が振り下ろされそうになる。
しかしカレハも接近戦が得手、反応速度は自ずと鍛えられている。蹄はカレハの横をすり抜け、地面を粉砕、網目状の亀裂が錯綜する。
失策を悟ったのだろう、眼窩にはめ込まれた紺碧が伏せられる。
「近くに来てくれるなんて、気が利いてるじゃないッ！！」
そう、カレハの拳はもうすでに握りしめられていた。そのまま無防備な顎に、クリティカルヒット。麒麟の端正な馬の顔がカチ上げられる。
だが麒麟はすぐさま正面に向き直り、地面から銀灰の靄を抽出、そのまま纏った。またも現れる重銀の靄盾に、カレハは面倒そうに、厄介そうに舌打ちを一つこぼす。そして、麒麟の巨体が動き出す。蹄が地面を蹴る音が空気を揺らす。
だが、その瞬間、天運が麒麟を見放した。動いた方向は奇しくもカレハが行こうとしていた方向と一致しており、このまま動けば激突することは目に見えている、その動揺が刹那麒麟の獣とは思えぬほど賢い知能を一瞬曇らせてしまった。
──その隙を見逃すカレハでない。
「今ッ！」
カレハは跳び上がって麒麟が纏う銀雲に上から突っ込み、そしてそれを蹴りつけた。
銀雲……銀の砂の集まりは麒麟の能力で人を衝撃で吹き飛ばせるほどに固体化している。それならばカレハの脚力で足場として蹴りつけることなど造作もない。
「ああああああああっ！！」
勢いがついたまま裂帛の叫びと共に角を蹴りつけ、バギン！と鈍い音が響き渡るのだった。
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