第23話 だがしかし
「奴をもう少し長く眼力に当てられればいいのだが……」
「あの〈ヴータリティット〉を足止めできればいいのね」
カレハはアウルの言わんとすることを感じて、その難しさに唸る。今は奴が纏っている障壁はないし、ダメージは与えられるだろう。しかし、急所はやつとしても何があろうとも守りたい部分だ。なれば決定打とするにはアウルの眼力によって気絶させたうえで急所をつくほかあるまい。
「奴に俺の眼力は有効だった。だけど、精神力によって抵抗されている」
「長い時間拘束するには、アンタの眼力をつかいたい」
堂々巡りだ。そして、そうこう考えているうちに、麒麟がその巨体をこちらへと向けてきた。カレハの連打のダメージから立ち直ったのだろう。その碧の瞳は瞋恚の焔を詰め込んでおり、無言の視線はまるで射殺すように鋭い。カレハもすぐさま臨戦態勢をとり、アウルも魔眼布に手をかける。刹那、最大級に光量を上げた角から、紫電が現れた。だがその紫電はこちらに向かうことはなく、麒麟の肢体を眩く包みこんでいっている。それはまるで、蚕が蛹を自ら生み出し変化するように。凄まじい紫電の光によって身を隠された麒麟は、内部で遠吠えをしている。
「何が来るの……!?」
光の繭が砕け、中からシルエットが飛び出した。見たところ、大きく変わった体躯はない。だが、その色彩が違う。今までの麒麟とは一線を画すように、麒麟の体色とその瞳の色はちょうど逆転している。紫紺の体躯と紺碧の瞳。その相貌が、カレハとアウルの二人を射抜く。
──刹那、麒麟の身体が飛んだ。その巨体が宙に浮いたのだ。アウルはその隠れた自身の目を大きく開け、感嘆の言葉を吐く。
「念系の魔法……!」
ブルリと震わせ、角を光らせた奴はその身体に銀灰色の靄……ちょうど雨雲のようなものを纏い始める。なにか嫌な予感がしたカレハは、そこら辺に落ちている石を拾って、全力で投げつけた。鋭い風切り音が駆け抜けて、空中で優雅に佇む麒麟へと激突する。しかし、そうなる前に、銀灰の雲がそれを遮った。瞬間、轟音。まるで雲にぶつかったとは思えない甲高い金属音が鳴り響き、礫は勢いを殺されて墜ちる。
「ッ!?」
その直後、纏わりついていた雲の一団が、射出された。先程の礫のお返しとばかりのそれは、高速で二人に迫る。人間程度ならその質量だけでたやすく押しつぶせそうな灰色の弾丸は、煌めきつつ地面にぶち刺さる。もちろんアウルとカレハ両名はとっくに避けており、誰もいないところに落ちたのだが。
「なんだコレ……」
塊となっているそれに触れた瞬間、崩れ散ったそれが灰のようにうず高く積もった。カレハはそんなアウルの行動を見てか見ないでか、走り出す。転瞬、地面を揺らすほど強く蹴って、飛び上がった。グングンと彼我の──カレハと〈ヴータリティット〉の距離が消え、カレハは拳を握りしめる。
「飛んでいようと関係ないわ!落としてあげる!」
だが、その突撃も、いつの間に集まっていた麒麟の銀灰の靄が、うねるように動いて遮ろうとする。それを警告しようとアウルが叫ぼうとする最中、カレハは空中で器用に握った拳を開いて、手刀の形に変える。
「粉になるってことは、元はそんな重くないん、でしょ!」
愛用しているのだろう、慣れた手付きで振りかぶって放たれたカレハの手刀は、集まってきた鈍い色の雲を文字通り吹き散らした。やはりカレハの見立てどおり銀雲の本体は軽いもののようだ。しかし吹き散らしたのは良いものの、後続の攻撃が続かなかった。手刀を振り切ったことで隙だらけとなったカレハの胴体に、近づいていた麒麟の蹄が突き刺さる。
「────グッ!」
カレハの身体は威勢よくかっとび、高さもあって威力が増大しているのだろう、大きな音を立てて地面に激突した。彼女の安否が心配で慌ててカレハに駆け寄ろうとするが──。
「!?」
瞬きの後。気がつくと、眼の前に麒麟の巨体が存在した。アウルはひゅっと息を飲む。あの浮いていた場所から瞬きの瞬間に、無音で移動したらしい。
「でたらめな……ッ!」
その言葉を吐き捨てた瞬間、銀色の衝撃が横っ腹を貫いた。胃の中がシェイクされるような痛みに、悲鳴を上げることすらままならないままカレハの方に吹き飛ばされる。木に激突して轟音、そのままくずおれた。意識が吹き飛びかけ、しかし手放さない。
「ま、まだ負けてねぇ……、死んでない!」
「─────そうね。死にかけて諦めるくらいなら、死んだほうがマシだわ」
そう声が聞こえ、直後視界に頼もしいカレハの背中が見える。彼女は身体自体はボロボロながらもその芯は、意思は、心はしっかりとしていた。そんな彼女の背中が視界から消え、また轟音が聞こえてきた。カレハが死力を尽くして立ち向かっているのだろう。
そんな状況で、のうのうと座っていることができるだろうか?答えは否。否である。任せっぱなしで得たポイントに、価値などない。こんな体たらくでは、会ったとしても合わせる顔がない。なればどうするか。
「立つしかねえだろ……立って、あいつを倒してさっさと上に行くんだ!」
よろめきながら、手をついて立ち上がる。そこでは、音からもわかっていたが劣勢のカレハといたぶる麒麟の姿。参戦しなければカレハが危ういだろう。しかし、悲しいかなアウルの身体能力はこの状況を打開できるほど高くない、一般人よりほんの僅か運動できる程度だ。そんなアウルがあそこに割って入ろうものなら両方から巻き添えを食らわせられて大怪我にしかならないだろう。
(考えろ、奴の弱点を。あの伸び切った角を、へし折ってやるために)
そこまで考えて、ふと、引っかかる。角。そういえば。奴が攻撃する時、そして電撃の壁を纏っている時。いつも、角が光っていた。
「角が制御器官か……!カレハ!」
「何かしら!?」
「奴の角を重点的に狙うんだ!」
「角?その硬そうなやつ?」
「ああ。俺の見立てが正しければ、角を折ればその靄もなくなるはずだ!」
「分かったわ!アンタの見立ては前の男の能力も正しかった。なら、今回も信じるわよ!」
そう言い切って、カレハの手が驀進する。繰り出された握りこぶしは間髪を入れずに物理的にも視覚的にも重たい銀色の雲に遮られる。しかしそれにぶつかっても、拳の勢いは止まらなかった。何故なら、カレハの拳が当たる寸前に更に加速したからである。
「ぶつかって遮られるなら、それより早く動かして吹き飛ばせば良い。簡単な理論ね」
事もなげに言っているが、常人には真似など到底出来ないだろう。そのまま貫通した拳が麒麟の首筋にクリーンヒット。即座に麒麟は一瞬で空中に浮遊、多少痛そうに首を振ってからこちらを睥睨する。刹那、弾丸の如き速度で、周りを揺蕩っていた雲がまたも射出された。射出というには、雲がそれ相応の大きさに切り取られて、固形化したような感じだ。
それがまるで流星群のように降り注ぎ、地面に墓標のごとく突き立っては崩れ去るを繰り返している。
「そこは危ないぞ!」
「了解」
アウルの卓越した動体視力、そしてカレハの超人的な感覚によって紙一重で避けていく。永遠に続くかと思われたその銀灰の雨は、だがその瞬間に止んだ。ふと空を見上げると、纏っていた雲がだいぶん薄くなった麒麟が、宙を蹴ってこちらに駆けてきている。
「そっちから降りてくれるとは、随分と親切ね!」
カレハが鬨の声を吠えた。まるで鏡合わせのように麒麟の進行方向をなぞって、激突する。
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