第14話 桜といえば

それから約一ヶ月が経過した。ルイザップと資料室に入り浸る──つまりは一週間かけて実力を高めたことで、無事に入学試験を突破し、晴れてカムフトーム魔塔学院へと入学したユウセイ。

彼は今、桜吹雪が舞い降りる道を歩いていた。もちろん、ここは異世界である。この世界にも桜があるとは知らなかったユウセイは、全身で興奮を表現していた。


「うおおおおお!!桜じゃねえか!?また見れるなんてな!」


一月ぶりに日本のモノを見れたとあり、その感動は一入だ。周りからは大声を出したことで冷ややかな視線が飛ばされているが、それも気にならないほどである。いや、もしかしたら桜じゃないのかも知れないが、似ていると言うだけでもキレイなことには変わりないだろう。そもそも桜ということはわかるがなんの桜かということもわからないのではあるのだ。


「ねえ、あなた。この木のこと、知ってるの……じゃなくて、知ってるんですか?」


その桃色に目を奪われているとふと、後ろから鈴なりの声がした。どうやら自分に話しかけているらしいその声に振り向くと、誰もいなかった。


「あれ?俺に話しかけたのでは?」

「だから、あなたに話しかけてるじゃないですか」


ユウセイが不思議そうに呟きを落とすも、またもソプラノの甲高い声が響く。なにか、胸のあたりから声が聞こえるような……。そう感じて下を向くと、ドアップの女の子の顔が眼の前にあった。


「って、うわぁ!?」

「なんですか、急に驚いて。確かに私は珍しいですよ。でも、あなたの方が挙動不審で珍しい存在だと思いますが」

「すまん、君の身長が低くて見つけられなくて」

「低いとはなんですか、失礼な。出会い頭に言うことじゃないですよね?」


確かにそうだ。彼女のもっともな指摘にユウセイは失言を悟り、とことん下手に出ることにする。具体的には、身体を90度近く曲げたジャパニーズお辞儀である。


「本当にすまん。この通りだ」

「謝意はあるようですね。分かりました。さっきの失言は、一応水に流します」


どうやら誠意が伝わったようで、許しの言葉をくれた彼女。顔を上げてよくよく彼女の面構えを見てみると、切れ長のパッチリとした目には空色の瞳がはめ込まれており、栗色の髪の毛によく映えていた。童顔の彼女は大きな瞳を瞬かせ、あどけない表情を見せかける。整った顔立ちは十分に美少女と言っても差し支えないほどであり、ユウセイは少しの間見惚れてしまった。そんな彼女の美麗は少し不快そうに眉根が寄せられ、桜色の唇から言葉が紡がれる。


「で、私が訊いたことに答えてもらってもいいですか」

「あ、ああ。そうだ。あの樹は、俺の故郷では桜と呼ばれてたんだ。それで、春先になると一斉に咲いてああいうピンクの花びらを散らすっていう」

「へえ、サクラというのですね。あんなきれいな花びらを咲かせる木があるとは知りませんでしたね……」


ユウセイが言ったことに、少しばかりだが眼を輝かせる目の前の彼女。いかにも興味津々、もっと知りたいといった感情を目の奥に浮かべながらも、それを取り繕おうとしている表情が面白く、まるで妹のように見えたユウセイは口の端を歪めた。その顔がまた侮辱されたと感じたのか、先程よりも語気を強めて、彼女が辛辣な口撃をしてくる。


「その顔、あまり人に見せるべきではないですよ。見るに耐えないので」

「はいはい、すみませんー」


グダグダとやり取りをしていると、いつの間にか式典の開始時間が近づいて来てしまう。それに気づいたユウセイは、何とか言葉を並べて、脱出を図る。


「おっと、もうこんな時間だ。式典が始まっちまう」

「そうやって逃れようと……、あ、ホントだ」

「だろ?というわけで、俺は先に行く。また会えたらよろしくな」

「また会うことなんて早々ないと思いますが」


ユウセイはヒラヒラと手を振って、またなの別れと小言はごめんだの意思を同時に彼女に送る。彼女の視線を背中に受け、そういえば、名前を聞いていなかったなと、ふと思うユウセイなのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る