第15話 【情報付与】の真価

「お、森になってるのか。塔の中に森……、どんだけでけえ塔なんだよ?」


先程塔の中の一階で執り行われた入学の式典は、特に何もなく終わった。

願いを叶えるために必要なポイントが一億というのは驚きではあるが、それくらいあるほうが妥当というか何もないのは詐欺を疑うというか。

ユウセイは式典が終わったあと、皆が一様に二階へと上がっていったのを見て、長いものには巻かれろと、付いていった。そうして階段を上った先に、今現在立っているというわけだ。学院証をとりだし、自分のポイントを確認する。100ポイント。まだまだ一億ポイント=元の世界に帰るまで先は長い。

さらに板に書いてある情報を精査すると、決闘中と書かれている。そう、先程この階にいるもの全員を対象に、バトルロイヤル形式の決闘が行われているのだ。とりあえずユウセイは倒す誰かを探しにいくために、独り言をこぼしつつ瞳を煌めかせ魔法術を使う。


「さて、倒しにいきますか。【情報付与】対象:自分の脚部 効果:筋力増強」


自分の足に筋力増強のバフを魔法【情報付与】によって掛けた。

ちなみに【情報付与】を使って初めてわかったことなのだが、対象と効果内容の宣言をしっかりしないと発動が不安定になり、失敗すると痛い目を見るというデメリットがあったらしい。

今も魔力が少しづつ失われていく事がなんとなしにわかるが、それは一旦無視だ、移動のためなら致し方なしと割り切る。地面を強く蹴りつけ、颯爽と走り出した。一足踏み出すごとに周りの風景がどんどんと変わっていき、相当な速度が出ていることが伺える。

一言だけの情報付与だったが、出力は魔力の傾注度を変えることで変えられるようで、とりあえず後のことを鑑みながらの魔力運用をしている。風切り音とともに流れていく視界の端に、もぞりとうごめく影がよぎった。何であれ、見間違いでなければポイントを得られる種であろう。そう判断したユウセイは、一時停止する。


「発見!早速だけど、俺のポイントのために、死んでもらうぜ?」


土埃を大きく立てながら減速するユウセイに、影……二人の男子生徒たちは双子の如く同じように驚いた顔をした。どうやら戦闘中だったらしい、互いの武器──短刀と槍だ──が鍔迫り合いをしたまま、顔だけがこちらを向いている状況はなかなかにシュールだ。そんな彼らに対し、ユウセイはそこら辺の石を取りながら、そう告げた。

ユウセイの乱入に自身の戦いを妨害された彼らは、途端に顔を真赤にして怒りをあらわにする。


「何すんだ!?」

「邪魔すんじゃねえよ!?」

「邪魔したのは悪い。だが、ここはそういう戦場だぜ?」


ニヤリと悪魔が嘲笑う。バトルロイヤルなのだ、邪魔したもクソもないだろ、というのが考えである。魔力を高め、彼の魔法──【情報付与】を初めてヒトに向けて発動する。黒色の瞳に、魔力の煌めきが充填された。


「【情報付与】対象:手の中の石 効果:秒速300メートルで前方に射出!」


刹那、一条の灰色が空を駆けた。そう男子生徒たちが認識したのと同時に、後ろの大木からメキリ、と軋む音が聞こえた。ゆっくり彼らがそれぞれの身体を見下ろすと、肩や脇腹、太ももが削られ、桃色の肉が少し見えかけている。その光景に、思わずと言ったように二人の絶叫の協奏が森を揺らす。


「があああああッ!?」

「ッ!?何をしたァ!?」


ユウセイがしたことは至って単純である。

ただそこら辺に転がっていた石に、拳銃の弾丸の初速度と同じ速度で射出されるという情報を一瞬だけ付与したのだ。これこそ、ユウセイが入学までの一ヶ月の間に【情報付与】という魔法から編み出した技である。情報付与の弱点である、無機物にかけることでしかできないので直接攻撃ができないということをカバーし、なるべく少ない魔力消費で、最大限の効率が望める技。ではあるのだが、防御力が極端に強い相手やそれが人間にできることなのかはわからないが弾を超過した速度で避けられる相手には効き目が悪いというネックもある。

要は使い所で、そしてそれを謝らなければ実質的に銃を持っているに等しいのだ。

さらに次弾があることを示すために、石でポンポンとお手玉をしながら、男たちに近づくユウセイ。


「さ、降参してくれると助かるが」

「降参、降参だ!」

「これ以上はやめてくれ!?」


悲鳴を上げて、降参の意を示す二人。数メートルの距離まで近づいていたユウセイは手のひら大の学院証を取り出す。二人からしっかりとポイントを徴収したことを確認し、その場をあとにした。


「よーし、幸先はかなりいいな。200ポイントも増えたぜ」


参加してすぐに3倍である。対人初戦闘にしてはなかなかに効率の良い闘いができたのではなかろうか。勢いがこのまま続いてくれれば一億ポイントも軌道に乗ってくるだろう。もちろん、時間は相当にかかるであろうことはユウセイも承知の上ではある。

思わずスキップしたくなる気持ちを抑え、周りを注意深く見ながら進む。

今魔法を使って高速移動しないのは、高速移動は音や衝撃によって位置がバレやすいからこそ不意打ちをかけられることを防ぐためであり、なおかつ魔力消費を少しでも抑えるためである。先の式典会場にいた人数を考えるとまだまだ敵は多数、さらに他の新入生より強い者もいるであろう。そう考えると、魔力はなるべく消費を抑えて効率よくポイントを稼いでいくことが重要だ。

刹那、森が大きく揺れた。何処かで爆発のようなものがあったのだろうか、空に土煙が立ち上っている。


「戦闘してんのか……?何はともあれ、行ってみよう。ポイント稼げるかも知れねえしな」


走り出す。まだまだ体力はある、伊達に鍛えていた身体ではない。この世界に来る前は普通の、ごくありふれた帰宅部男子高校生だったユウセイ。しかし、帰宅部でも万が一に備えて身体を鍛えてきていたのだ。それが功を奏したというか、まさか異世界で役に立つとは思わなんだ。

そんな益体もないことを考えていたからか、駆け抜けているユウセイは近づいている生き物に気づかなかった。ドン、と鈍い音が辺りに鳴り響く。


「痛って!?」


ぶつかった勢いによって大きく後ずさり、叫んでしまう。ぶつかったモノを見ると、それはシルエットからして人ならざるものだった。4足歩行の前足につく爪は猛禽類のように鋭く、普通なら尻尾が垂れ下がっている尻の位置には二股に分かれて鎌首をもたげている二匹のヘビが。背中に鷲のように黒みがかった茶色の翼を背負い、鬣がふさりと風を通す様子がいかめしい顔に勇壮さをプラスしている。その体躯は大きく、背中の位置がちょうどユウセイの胸のあたりに来ていた。

その地球では存在し得ない生命の冒涜的姿は、いわゆるキマイラと呼ばれるものだった。


「すまん、って言っても聞かなそうだな……!!」

「グルルルルウァ!!」


ぶつかられた痛みに怒りを覚えているのか、大気を震わす雄叫びを闘志とともに放った奴輩。ビリビリと肌が震えるのを感じながら、ユウセイはふと思い出す。先ほどの説明の時、壇上で説明していた教師が、「校内には仮想の魔獣……〈ヴータリティット〉がいます」と述べていたことを。

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