第6話 加速する決闘
頼もしい踏み込みで一瞬で少し離れていた距離を消し去り、先頭のリーダー格と思しき男に肉薄する。そのまま、もはや短刀のような風切り音を鳴らす手刀が落とされ、肩に直撃。ドッ!と、凡そ人体から出る音にしては最悪な音を立てた。
直撃した肩を掻き抱きながら崩れ落ちた男には眼を向けず、アウルは魔眼布を少し下げて眼を出し、次に狙うべき敵を視る。ステータスを覗くのだ。あちら側に人数と地の利がある分、これくらいのズルは正当だろう。
「そこの木の手前の奴、魔法職だ!」
「な、なぜそれを!?分析系のスキルか?」
「突発的なことには弱いらしいわね?隙だらけよ」
出会い頭のセリフをそっくりそのまま言い返しながら、カレハの長い足が砲丸として動揺している魔法職と断定した男に突き刺さった。移動のステップの慣性のまま放たれたそれは、魔法職の男を木へと弾き飛ばす。攻撃を入れたカレハの無防備に見える背中に、短剣を持つ男の一振りが迫る。
が、足元の枝を折り音で短剣男の注意を……目線を引き付けたアウルは、そのまま魔眼布で隠していた眼を出して合わせ、強制的に意識を刈る。3秒見つめれば相手は勝手に意識が飛ぶのだ。知らずにアウルに守られたカレハは、二人目の魔法職、風の魔術の男の前に躍り出る。
「二人……目ッ!」
そのまま拳骨を脳天にブチ落とし、風の魔術の男も昏倒させる。残り3人、ここまで崩せば大方のアドバンテージは無くなり、ほぼ五分五分の戦況だろう。2年の差と1人分の人数、それを埋めている彼女の身体能力がどれほど高いかが伺える。
「まだ行けるか、カレハ」
「上等よ。アイツ等の腐った性根を一気に叩き潰してやるわ」
「フ、どうやら俺等はお前らのことを少し舐めすぎてたみたいだ。雑魚の一年から訂正してやる。お前らは生意気な一年野郎だ、それもとびきりのだ」
アウルとカレハがそう会話をしていると、肩を抑えつつも立ち上がっていたリーダー格の斧男がそう割ってはいった。
小さな笑みに続く言葉は、完全にこちらの戦力を舐めていたことを示しており──最も、そう思うのも無理はない状況ではあったのだが──少し、アウルも苛立ちを覚えるような言葉だった。アウルにはあまり戦士の矜持や正義感と言ったものは持ち合わせてないが、それでも不快な気分を催したのだ。カレハにとっては万死に値するセリフかもしれない。
そして予想通り、不快そうに眉根を寄せた表情でカレハは吐き捨てた。
「アンタ……そんなこと言ってられる状況なの?ボコボコにするとかデカい口叩いてた割に大したことないじゃない」
「これは強がりじゃない。強者の余裕ってやつだよ。そも、お前らは一年。二年の差がひっくり返ることなんてあり得ないんだよ」
そう男が言葉を並べた瞬間、魔力の塊が男から放たれたのが空気の淀みから分かった。スキルから使えるようになる、魔法だろう。つまり、男のスキルだ。
男はスキルを使っているもの特有のきらめく眼光で、こちらを睥睨した。
「さあ、覚悟しな新人ども。これが学院で生き残った俺の、力だ」
その瞬間、不可視の衝撃がアウルの腹部で炸裂した。なすすべなく後ろの木に叩きつけられ、息を吐きだされる。そのままくずおれるアウルは、初めての明確な、そして大きなダメージに、意識が危険信号を出す。しかし、ギリギリのところで意識が戻り、なんとか手をついて立ち上がる。
チラリと少しばかり横を見ると、アウルと同様にボロボロの状態に変貌したカレハがいた。彼女は今も朦朧としているのか地べたに転がっており、更にそこに瞳を煌めかせる男がゆっくりと、それはゆっくりと近づいてくるのが見えた。
(まずいッ!)
とっさに、身体がいつも以上の速度で動いた。彼女のそばまで走り、勢いを緩めることなくカレハの身体を抱き上げ、逃走する。
走る、走る。二階の森の中を、ほぼ全速力で駆け抜ける。景色が高速で変わりゆき、アウルのもとより少ない体力がガリゴリと削れていくのがなんとなくわかる。幸いにも、相手はあのボロボロの状態の二人を視て満足したのだろうか、それともただ追うのが面倒くさく追ってこないだけか、深追いしてくることはなかった。そろそろいいだろう、と頃合いを見て、止まる。はあはあと息を切らしつつ見回してみると、先程までいた深い森よりかは森の外に近いようで、木々の密度が薄くなっていた。
とりあえず、カレハの身体をそこいらの木の根本にそっと置き、そのまま揺り動かす。
「カレハ、起きろ。おい、カレハ」
「……っ!ここは……って、アイツ等は!?」
「ああ、逃げてきた。すまない」
「逃げてきたって……」
その場を気まずい沈黙が支配する。無理もない。
カレハは熱くなっていた精神が気絶しかけたことで一気に冷やされ、冷静に考えることができるようになったのだ。奴の謎の攻撃に頭を悩ませているのか。それに、熱くなったが言いように返り討ちにされた羞恥も少しだけ混じっているかも知れない。アウルもカレハの心中を察して、何も言い出せずにいる。
結局、3分ほど経ってから再び話を始めたのはカレハだった。
「その……ありがとう。助けてもらっちゃったわね」
「お礼をもらおうとしてやったことじゃない。仮初とはいえ、パーティメンバーを守るのは当然だろ?」
「た、確かにそうね。それにしても、アタシたちは何にやられたのかを考えないとね。」
「アイツ等とまた戦うのか?」
「ええ、そうでしょう。それが、アタシとアンタとの約束なんだから。策を練って、体力が回復次第、行くわよ」
言っている事自体は最もであるし、有無を言わさぬ迫力があるその言葉に、アウルは頷くほかなかった。そもそも、アウル自身も訊いておきながら
ともかく、方針は決まったので策を練る時間だ。
「それで、アタシたちが喰らった最後の攻撃、どうなってるのかしらね」
「魔力が放出されているから、多分スキルによる魔法だと思う」
アウルは思考を始める。それなりに知恵や機転は利く方だと自負しているアウルの脳が、結論を出そうと高速回転し、そして答えにたどり着く。
(不可視の衝撃を与える……いや、そんな単純なスキルでカムフトームの生活を2年間も生きられるわけがない。となると、もう少し汎用性があるものだろう。そう聞くと、奴が斧を持っていたのが気になる。あの戦斧は一人で持っているのにめちゃくちゃに速い速度が出ていた。そして不可視の衝撃。つまりしたがって、何某かの身体強化か……)
「透明な手を作り出す、ってところか」
「なるほど、それならだいぶありそうね。不可視の衝撃って言う感触じゃなかったし」
アウルが出した結論に、カレハも賛同を示してくれた。
おおよそ、魔力を使い透明な手を作り出し、それでアウルたちに攻撃を仕掛けたのがあの不可視の衝撃の正体だろう。そして戦斧を高速で振り回せるのは、その透明な手で支えているからに違いない。
「正体がわかったのはいいわ。対策をどうするか、ね」
「ふむ、それなんだよな」
「えーと……」
くるくるとその場を周回しながら思案しているカレハ。
そんな彼女に、アウルは今パッと思いついた策を話してみる。随分と搦め手というか、余り見ない策ではあるのだが、カレハは首を縦に振ってくれた。
「よし、それで行こう。なかなかあの野郎には効きそうじゃないか?」
「フフ、待ってなさいあの野郎ども。今度という今度はきっちりと反省させるんだからね」
今、この二人で反撃の狼煙を上げる時が来たのだった。
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