第7話 額、ひろがる距離。


 「ちょっと瑠衣!!」


 瑠璃の友人は、走り去る瑠璃を追いかけようとする。俺は、その子がカバンから財布を出すのを静止して言った。


 「いいから行って。友達を追いかけて。ここは僕が払っとくから」


 その子は、一瞬、下唇を噛み、「すみません。お金は返しますんで」そう言って走り去った。


 会計を済ませて席に戻ると、山口が心配そうに話しかけてきた。


 「なに。知り合い? 行かせちゃって良かったのかよ」


 俺はまた食事を続けながら答えた。


 「ああ。いいんだよ」


 俺に瑠璃を追いかける権利はない。

 同じ時代を生きる、友達に委ねるべきだろう。


 気づけば、俺は箸をギュッと握っていた。山口はそんな俺の手元を見ながら、ため息をつくのだった。


 「そか。なら、まぁ、いいんだけど。オッサンの俺たちからすると、ああいうのってなんだか羨ましいよな。……それより、お前。トイレ行きたかったんじゃないの?」


 「あ。そうだった」


 俺はトイレに立った。

 トイレは、入口を入ってすぐの場所にある。


 何気なく外をみると、瑠璃とさっきの子がいた。瑠璃は泣いていて、友達に慰められているように見えた。


 『いや、まさかな』

 俺なんかのことで、嫉妬したとか?

 ……そんな訳はないか。


 席に戻ってしばらくすると、さっきの子が戻ってきた。


 「さっきはすみませんでした。これお金……。あなたは、時々、瑠衣のバイト先にきてくれてる人ですよね? わたしは瑠衣と同じ大学に通ってる綾乃っていいます」


 そういってお辞儀をすると、綾乃は出て行った。


 山口はニヤニヤしながら俺を見ている。

 

 「なにお前。女子大生と付き合ってんの? 北山さんのこともあるし。お盛んだな」


 俺は首を横にふった。

 ああは言ったが、瑠璃のことが気になる。


 なんだか、泣いてたっぽいし。


 なんでだろ。

 やはり、俺のせい?


 でも、一度しか会ってないんだよ? 

 お互いの気晴らしにドライブをしただけの関係だ。


 パン屋でもそっけなくも親しくもない、普通の顔見知りっていう感じだったし、理由が分からない。


 どうも気になってしまって、それから数日は、仕事の手を止めては瑠璃のことを考えていた。


 次の水曜日。いつものようにパン屋に行ってみる。すると、瑠璃は居なかった。そしてその次の週も。翌々週もいなかったので、レジでそれとなく瑠璃のことを聞いてみた。


 どうやら、瑠璃はバイトの日を変えたらしかった。


 きっと、俺と会うのが嫌でバイトの曜日を変えたのだ。他の日に突撃すれば会えるのかもしれないが、そんなことをしたら、瑠璃はここのバイトを辞めてしまうかも知れない。


 会いたくないと思われてる相手に、無理に会うべきではないだろう。

 

 第一、俺にはその資格がない。


 そのまま瑠璃には会えず、数ヶ月が過ぎた。

 毎週、パン屋で顔を合わせるという些細なことが、自分にとって大きなことだったと知った。


 その少し後、ネットニュースを見ていて、偶然、彼女代行サービスというものがあることを知った。


 リンクからサイトを見てみると、瑠璃と同じくらいの子のプロフィールが沢山並んでいた。1時間あたり数千円の料金を払うと、クライアントの望むデートをしてくれるらしい。サイトはよくできていて、好みの女性を選んで「予約」するだけだ。


 無駄によくできているな。

 うちの会社のサイトもこれくらい使いやすければいいのに。


 そんなことを考えているうちに、シークレットというプロフィールを見つけた。写真非公開の子がランダムに割り振られるらしい。


 寂しさを紛らわせたかった。

 気づけば、俺はシークレットに予約の申し込みをしていた。


 希望日と希望のデートコースを選択して申し込む。おれは、瑠璃のことを忘れたくて、ドライブを選んだ。思い出を上書きすれば、忘れられる気がしたのだ。


 すると、予約内容と注意事項等のメールが届き、これで予約は完了らしい。


 つい、軽い気持ちで予約してしまった。でも、俺のような立場なら、瑠璃のように普通の子を振り回すよりも、こうして割り切ったサービスを利用した方がいいのかも知れない。


 どんな子が来るんだろう。

 そんなことを思いながら当日を待つ。



 予約の当日になった。


 近隣のパーキングに車を入れ、指定の待ち合わせ場所を目指す。まだ5分前だ。


 俺の方が早いかな。


 少し緊張しながら待ち合わせ場所にいくと、それらしき女の子が向こう側を向いて待っていた。


 それは、見覚えのある後ろ姿だった。


 

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