2-24.満天の空のもとで

すみません。

2話更新と予告していましたが、話を並び替えたため今日はこちらの一話です。

次回更新が2話投稿になり、その次が2章最終話となります。

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 ヴィルドーの厳寒期は、それはなかなかに過酷なものであった。


 雪が積もりすぎたせいで扉から出れなくなるなど、遠い世界の話であると思っていたし、ようやく久しぶりに晴れたと思えば、皆で誰の家であるなど関係なく、総出で雪下ろしを行うというのも初めての経験である。


 ちなみに私たちは宿の宿泊客ではあるのだが、同時にギルドの一員でもあるということで、問答無用で雪下ろしや雪かきの手伝いへと駆り出されている。

 正直、こんなにわけのわからない量の雪を機械も使わずどうやって片付けるのかと途方にもくれたのだが、どうやらこの街の人間はこんなものは慣れたものであるらしく、まるで重機のような勢いで雪をかき分け、門の内外を往復していた。


 さすがに小さな子供が巨大なソリを引きずっていったのを見かけたところでおかしいと気づき、試しにマナの流れを見てみたところ、どうやら皆何かしらの魔法を使っているらしい。

 だがそれは本人たちは完全に無意識らしく、どういった魔法なのかと尋ねてみたのだが「魔法なんて使ってないぞ。外の人間は出来ないのか?」と逆に質問をされてしまった。


 恐らくではあるが、代々豪雪との戦いを続けているうちに「雪かきではこれくらいいける」というような無意識化のイメージが定着してしまっているのだろう。

 このマナに満ちた世界で厳しい環境にさらされ続けると、ただの人間であってもこれくらいのことは出来るようになるのだなと、なかなかに興味深い現象であった。


 ちなみになんとなく負けたくないと思ってしまい、自分たちは魔法と身体のスペックを総動員して、街の人間たちよりも精力的に雪かきをした。

 その姿を目撃した街の子孫たちはきっと、もっと常識はずれな雪かきの能力を発揮するようになることだろう。



 さて、そんなこんなで最も厳しい時期は過ぎ去り、籠りながらも進めていた汲み上げ機の修理も順調に……とは、残念ながらいかなかった。

 当然ではあるのだが、汲み上げ機の仕組みはゴーレムのそれとはまったく異なり、自身の持つノウハウはほとんど生かすことが出来なかったのだ。


 それに長年無理やり修理を続けられた機械はもはや別の何かとなり果てており、酷い部分ではなんと、破損した金属を無理やり木材で置き換えたうえに謎の魔法で維持しているという、とんでもない荒業で応急修理をされていたのだ。


 そのため、ただ元の形に復元するということもかなわず、街にいくつかある汲み上げ機の構造を調べ総合しつつ、機械をほぼほぼ新造せざるを得なかったのである。

 そうなるともはや修理でどうにかなるという話ではなく、街の職人全員を挙げての、一大プロジェクトとなってしまった。


 だが一応、演算機能に任せて強引に設計を導き出すことは可能ではあったため、パーツを設計をしては大工頭のバニングに依頼をし、鍛造で大まかにパーツを製造してもらう。そうして出来た大まかな形状のものを、アリスとマリオンが自前の工具で細かく加工をする


 この繰り返しをすることで、何とか先日、1号機がようやく完成し、並行して改修を進めていた宿の風呂へと取り付けが完了をしたところである。


 試運転も無事終わり、まだ修正すべき点は多々あるものの、とりあえず利用をする分には問題が無いだろうと太鼓判を貰っている。

 おかげでだいぶノウハウも出来たらしく、街の他の汲み上げ機も、順次新しいものへの取り換えを検討しているらしい。


 そうして今日、遂に、念願が叶う日がやってきたというわけである。



「長かったです…本当に…」


「…もしかして、掘ったほうが早かったのではないですか?」


「ここの温泉脈って深いみたいで…」



 ちなみに実のところ、地面に穴を掘ることは一度試してはみたのだ。

 だが、ある程度を地下へと掘り進むと急に魔法の効きが悪くなり、それ以上を掘り進むことが出来なかったのだ。


 恐らくではあるのだが、空を飛ぶのに抵抗があったように、地面を掘り進みすぎるとまた何かしら抵抗があるのかもしれない。まぁ確かに、機械も使わずにキロ単位を掘るなんて、一般的にはあり得ないからな。


 何ならこのまま掘り進めて、地下深くに多く存在するマナ鉱床へとたどり着けないかとも考えていたため、それが不可能と分かったことはちょっとばかし残念である。

 ちなみに、腕にマナを纏わせればサクサクと掘れるものの、流石に数キロも手で掘りぬくのは厳しいため、そのアイデアは没としている。



「母上、早くいこうよ!」


「ええ、まずはちゃんと体を洗わないとだめですからね?」



 そういってラビが急かすため、あれこれ思い出に浸ることは中断し、さっさと脱衣室へと入場する。まだこの宿は正式にオープンしていないため、まだ脱衣所には誰もおらず、今はアリスとマリオンとラビの三人だけである。


 ちなみにこの温泉宿自体も、今回の依頼…それに、汲み上げ機を再設計した報酬として、アリス達の物となることが決まっている。

 

 運用に関してはヴィルドーの人間に任せるため、アリス達はあくまでオーナーとしての権利を持っているだけではあるのだが、実質的にヴィルドーにおけるアリス達の拠点となるわけである。


 それを聞いたバニングが大いに気合いを入れたため、今ではこの建物は、ギルド会館に次ぐほどに、立派な建物となっている。別にそこまでする必要はないと言ったのだが、今までの礼と守護神の帰還の祝いを兼ねて、数百年は残るものにすると大いに張り切ったためだ。


 ちなみに改築時にはアリス達も大いに手伝うこととなったため、どっちかというと後者のほうが主目的だったのではと疑っている。



「脱いだ!」


「ああもう、服はちゃんと畳んで…あ、こら、走ると危ないですよ!」



 マリオンはああして、今ではすっかりお母さんである。


 ちなみにラビは雪に閉ざされた冬の間、幾度か大きく体調を崩すことがあった。恐らくは、未完成であろう身体を無理やりに動くよう処置を施しているために、色々と無理が出ている部分があったのだろう。

 その度にマリオンは甲斐甲斐しく看病をし、私も時に遠出をして、必要な薬草を探しに行くことがあった。


 だがその甲斐もあり、初めの一月を過ぎてからはだいぶ体調も安定し、今ではああしてその奔放さで、マリオンのことを困らせている。


 にも関わらず、私のことは姉とも、当然父とも呼んではくれず、相変わらず「アリス」と呼び捨てとされている。まぁ後者に関しては彼女には教えていないため、当然ではあるのだが、なんとなく釈然としない。



 なにはともあれ、服もすべて畳み終えたため、まずは精神を統一する。


 

 ラビたちはさっさと行ってしまったのだが、別に私は一番風呂などにさして興味はない。いまはただ、念願だったそれを、静かに享受したいだけなのだ。



 そうしてガラリと木の扉を開くと、その先は、満点の空を望む、露天風呂となっていた。



 ちなみにこの風呂はもともと屋内式であったのだが、露天風呂に改装するよう希望を出したのは、私である。


 万が一にでも覗かれる可能性を考えると、露天とすることに僅かに逡巡はあったのだが、かつて男であった私は、露天風呂に浸かることを至上の喜びとしていた。

 そのため、ここまでお預けを食らい続けていた待望の温泉が、中途半端なものであることは許せなかったためである。


 この建物はもともと街の高台にあり、背後も切り立った崖と覗きにくい条件が揃っていたため、恐らく元々は露天風呂として営業をしていたのだと推測をしている。

 そのためある意味では、元の形に戻しただけと言えなくもない。



 岩を磨き上げられて造られた椅子へと腰かけ、まずは木桶で湯をすくう。

 まずは体に湯をかけ、体を清める。

 少しぬめりをもった温かな湯が表面を流れ、すべての不安を洗い流す様だ。

 

 そうして一通り身体を清めると、いよいよ待望の湯舟へとつかる時間である。

 私はこのために、今回の依頼を受けたといっても過言ではないのだ。

 それがまさか、こんなにも遠回りになるとは思いもよらなかった。


 足のつま先が湯に触れると、ジワリと熱が指先へと伝わっていく。

 どうやら、この湯は温度は、そこまで高くはないらしい。


 そうしてじわりじわりと脚を湯舟へと沈めていき、腰から胸へと、そして首元まで、体をすべて湯舟へと沈める。

 あたたかな熱が、ジワリと身体へ、しみこんでいく。

 



 ………………最高だ。

 ……唯々、最高だ。

 ほかに言うことは、無い。




 向こうで、ラビが湯舟に飛び込みマリオンに叱られている。

 だが、今の私には、そんなことはどうでもいい。


 いまだけは、ゆっくりと、この湯を楽しませてくれ。



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 本当はこのエピソードで最終話にするつもりでしたが、元の想定では別のオチだったためそちらへの軌道修正のため並び替えをしています。

 オチとしてはそこまで強くないんですが、少しの伏線回収と次章へのつなぎが入っちゃってたんですよね…今何とか綺麗に締めようと頑張っているため、ご勘弁ください。



 Q.髪と身体は洗わないんですか?

 A.彼女たちはマナコーティングのおかげで汚れないので。

 ………女性が風呂に入る際の詳細な描写なんて、分からないっぴ…。

 ちなみにラビは、マリオンが向こうで洗ってあげてます。


 折角の温泉回なので、きゃっきゃウフフな展開とかも考えたんですけど、今はただ、彼に風呂を楽しませてあげてください。そっちはまぁ…たぶん閑話でやります。そういうのを期待していた方は御免なさい。



【シャンプーやリンスについて】


 現在も入手可能ですが、魔法も駆使して無理やり生産するような代物なのと、合成樹脂が無く手作りのガラス瓶を利用するため、とても高価な品となっています。少なくとも、風呂にデフォルトで備え付けられているようなものではないです。


 アリスは知りませんが、マリオンも主にラビのために購入をしています。アリスも後で、マリオンに洗ってもらいました。というか、髪を洗わず、しかも束ねず湯船に浸かったので、あとでマリオンに叱られました。


 エルも一応、小瓶の物を普段から持ち歩いています。ティアラさんの場合は、謎の仕入れ先からめちゃくちゃ高品質なものを入手して利用しています。

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