◆番外編 クオーツルート 2

 クオーツ様が切り札の固有スキル【鬼人化】を発動して僕に襲いかかってくる。

 

「ウオオオオオオッ!」



 彼女はそのレイピアを手に突進して叩きつけてきた。

 鉄の塊を叩きつけられたような重い斬撃を受け止めたメタルブレードにヒビが入る。

 見た目がレイピアなのにおそろしい鈍器だ。



 見た目に惑わされて素のメタルブレードで受け止められると思ってしまい、魔法でコーティングするのを忘れてた。

 さっき気をつけるって誓ったばっかりなのに。

 すぐに魔力でメタルブレードを覆い、魔法剣を発動する。


 さらにレイピアが乱暴に振る舞われる。

 重さを感じさせず棒切れを振り回しているかのようだが、実際受けるとメチャクチャ重いんだから、こんなの発動されると並の人間だと勝てないよ。


 でも、力で勝負というなら僕だって負けはしない。

 そもそもステータスの暴力で戦うのは僕の得意とするところだ。


 ちょっと本気を出して、レイピアごとクオーツ様を押し返して、よろめかせた。



「鬼人化したお嬢を正面から押し返すなんて、どんな膂力なんだよ、あの華奢な体でありえねえ!」


 僕も見た目とステータスが一致しないクチなんだよね。


 押し返されてよろめいたクオーツ様の動きが止まる。


「グウウッ…… モット、モットツヨク、チカラヲ!! クルシイ…… サラニツヨクナル!」


 本能的に僕に力で勝てないと悟ったか、クオーツ様が苦しみだした。


「なんだあの様子は? 今まで見たことないぞ。やばいんじゃないのか?」


 周りから心配の声が上がる。


「クオーツ、そこまでにしろ! それ以上のスキルの発動は危険だ!!」


 スピネル様が流石に止めに入るが、クオーツ様の呻きは続いた。




「…………」




 しばしの静寂の後、クオーツ様の様子が変わった。

 少し膨張していた体躯が元に戻る。

 広がっていた髪の毛も大人しくなった。

 赤いオーラはもう見えない。

 代わりに眼が紅くなり、感じられる闘気の量が跳ね上がった。

 もはや人外だ。



「心配かけましたわ、お兄様。でも、かつてない清々しい気分ですわ。今ならどんな魔物でも倒せますわ」



◇◇◇



 僕には彼女のスキルが変化する様子がリアルタイムで見えていた。

 変化、というか進化というべきか。


 【鬼人化】のスキルは【鬼神化】へと変貌し、デメリットであった理性の消失がなくなり、肉体の強化率も大幅上昇。

 つまり、さっきまでの【鬼人化】ではスキルが使えず武器を振り回すだけだったのが(それでも十分強いけど)、普通にスキルも使えるようになった。 

 彼女の強さへの渇望がスキルを成長させたのだ。



「クラウス、感謝するわ。あなたのおかげで私はさらに強くなった。さあ、構えて。この【鬼神化】もまだ慣れていないから発動時間は短い。私の全力の一撃を受け止めていただきます。まさか、逃げはしませんよね?」



 そう言われると逃げられない。

 いや、挑発されなくても逃げないけどさ。



「いきますわよ、『スクリューピアッサー!!』」


 レイピアを覆う闘気が回転し始め、クオーツ様は一旦体を軽く捻ったあとこちらに突進しつつ鋭い突きを繰り出してきた。


 対する僕は魔法をまとわせたメタルブレードで防御する。

 さらに、油断、慢心はせず、【時空魔法】による物理結界も展開しておく。



 闘気のレイピアの先端がメタルブレードの直前で結界に阻まれて止まる。


 物理的にカチあったかのように火花が飛び散る。


 物理結界が少し揺らぎ始めた。

 鋭い一点集中の突きはまさに彼女の奥義だろう。

 僕の結界と衝突してもブレることなく同じ場所に力を入れている。

 このままだと蟻の一穴となるかもしれない。



 厄介なのが回転する闘気だ。

 同じ場所をずっと抉られるのは何となく気分がよくない。

 


 そこで考えたのは、闘気と反対方向に結界を回転させること。


 やったことないけど、とにかくやってみる。

 既に展開した結界を維持しつつ、少しずつ動かしていく。

 意外に繊細な作業で、結界の威力を左右する精神が高くてよかった。


 少しずつ結界を回転させ、しばらくして回転の速さも闘気の回転する速さに追いついてきた。


「くっ、これ以上はもたない……」


 逆回転の結界との勝負は程なくクオーツ様の時間切れで終わった。


 【鬼神化】が解けて、クオーツ様の眼の色が元に戻る。

 レイピアを象っていた闘気も消え失せた。


 そしてふらついて前に倒れそうなクオーツ様を抱き止めた。


「私の負けね…… 完敗だわ。責任とってくださる?」


 えっと……、何の?


「もちろん、私を覚醒させたことですわ。私の相手が務まるのはもうクラウスしかおりませんもの」


「結婚だー! お嬢に春が来たぞー!」


「お嬢を強くした責任をとれー!」


 外野がやかましい。


 僕からすると、一方的に勝負を挑まれ、勝手にスキルを進化させ、挙げ句勝負に勝ったのは僕なのになぜか要求されている。

 スキルの強化に貢献したんだから何かしら報酬をもらえるのはむしろ僕じゃないのかな?



 たまらずスピネル様に目を向けるが、


「…………恩人たるクラウス殿の意思は尊重されるべきだ。ただ、兄としては妹の意思も一考していただきたいと思わなくもない……」


 めちゃくちゃ歯切れ悪い物言いだよ。


 あー、でも抱き止めているクオーツ様からいい匂いがしてくるのも事実だ。

 これ以上はまずい。いろいろと。


「クオーツ様、お疲れでしょうからお休みになられてはいかがですか。スピネル様もまだ魔物の襲来に備えなければならないでしょう。とりあえず今日はこのへんで……」



◇◇◇



 その日の夜。


 クオーツ様が僕に割り当てられている個室にやってきた。

 薄い夜着しか身につけていない。


「クラウス、【鬼神化】により私の全ての能力が上昇する。それは私の魅力も例外ではないわ。さあ、いらっしゃい」


 クオーツ様の眼が妖しく紅く輝いていた。


 その眼に吸い込まれるように僕はクオーツ様を抱きしめていた。


 その夜、僕の状態異常耐性スキルは仕事をしなかった。



◇◇◇



 なし崩し的に僕はサンバッシュ家に婿入りすることになった。


 先を越されたエリアはいろいろと画策していたが、それも最後は全て無駄に終わることとなる。


 なぜなら、魔の聖域の騒動が終わったあと、通常の魔物の間引きを行っていたスピネル様が魔物の不意打ちにあい、しかも当たりどころが悪く亡くなってしまったのだ。

 

 スピネル様はまだ若く跡取りはいなかった。

 直系の血筋はクオーツ様しかおらず、実力的にも辺境伯の地位を引き継げるのは彼女のみ。

 家を絶やすわけにはいかず、クラウスでないと辺境伯の婿は務まらないとクオーツ様は強硬に主張し、王家もそれを認めざるを得なかったのだ。

 ある種クオーツ様のわがままが通るくらいには、辺境の守護者は国に貢献し続けているのだ。


 

 スピネル様の持っていた白の剣は、僕が受け継ぐこととなった。

 魔を打ち破る守護者の剣の力を存分に引き出した僕は、【鬼神化】を完全にマスターしたクオーツ様と共に魔の聖域の魔物を全て駆逐し、アビスゲートをも破壊することに成功した。

 この功績により、サンバッシュ家はかつての魔の聖域を領土とする建国を認められ、サンバッシュ大公国が成立した。


 そして僕は初代国王であるクオーツ様の王配となり、彼女の眼が紅く光るたびに尻に敷かれるのであった。



◆◆◆◆◆◆


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