第三次蒙古襲来からの 関西・関東二国史

顕巨鏡

第三次蒙古襲来からの 関西・関東二国史

第三次蒙古襲来で、関西は元軍に制圧された。大覚寺統の亀山上皇を中心とする朝廷は、抵抗するよりも、天皇が「日本国王」として冊封される形で、元の傘下での自治権をみとめさせることをえらんだ。「日本国王 世仁」 (後宇多天皇) は元朝末期の歴史のなかで重要なやくわりをはたした。


関東は元の支配をうけずにすんだ。鎌倉幕府は、武蔵府中を「東京」として、東国にのがれた持明院統の 熈仁 (ひろひと) 親王 (のち武蔵天皇とよばれる) を擁立した。東西朝時代のはじまりである。


元が明にかわると、西朝の 懐良 (かねよし) 親王が明から「日本国王 良懐」とされた。後醍醐天皇の朝廷の外交政策は、明とのあいだで形式的な冊封関係をもちながら、実質的には独立国間の交易をすることだった。


関東では、足利 (あしかが) 氏が鎌倉幕府をたおし、足利幕府をひらいた。本拠地は当初は足利だったが、利根川本流に面した古河 (こが) に移転してからの期間が長い。地名によれば古河時代、将軍の氏によれば足利時代である。足利氏の内紛をきっかけに乱世となったが、三河から出た松平元康が平定し、利根川の河口に近い、かつて太田道灌が築いた江戸城を本拠とした。地名によれば江戸時代、将軍の氏によれば松平時代である。東朝の朝廷は名目的権威をたもっていたが、政治の実権をもたなかった。武士による統治の公文書は、正確な漢文ではなかったが、漢字で書かれ、漢文読みくだしの形で読まれた。しだいに、関東の話しことばによる かなまじり文の文書もあらわれた。


関西では、朝廷の直接支配は京都付近にかぎられ、諸大名や、一向宗, イエズス会 などの宗教勢力が、それぞれの領邦を支配した。商人たちによる自治都市もあった。(西洋史学者によれば、同時代のドイツやイタリアも、類似の政治体制だった。) 話されることばは領邦ごとにちがっていたが、能・狂言のことばにもとづく関西共通語が成立し、宗教経典や公文書がそのことばで書かれるようになった。


西暦19世紀なかばに、アメリカの蒸気船が江戸湾の入り口にあたる浦賀にあらわれ、開国を要求した。松平幕府の判断はゆれたが、開国をみとめながら欧米諸国に対抗できるだけの軍事力を身につけるという方針におちついた。それには幕府とちがった政治体制が必要だということになり、天皇を元首、東京 (武蔵府中) を首都とし、政治の決定は列侯会議でおこなう体制がつくられた。ただし「諸侯」間の力関係はそのままで、松平氏の将軍がそのまま列侯会議議長となった。


関東の新政府は、日本は東西を統一した国になるべきだと考えたが、当初の構想は、西朝との交渉によって統一するというもので、妥協も想定されていた。ところが数年後に「征西論者」が台頭し、松平氏にかわって主導権をにぎった。関東軍の攻勢に、集権国家としての軍隊をもっていなかった関西はひとたまりもなかった。東朝の天皇を元首とする「大日本帝国」が成立した。漢文読みくだし文の助辞を関東の話しことばでおきかえてつくられた国定標準語が「日本語」とされて、全国の小学校で教えられた。 (関西では非公式に「関東語」とよばれた。)


大日本帝国は、いくつかの戦争に勝ったいきおいで、欧米主要国の多数からなる連合国を敵にまわす戦争をはじめてしまった。戦争に負けて、日本の全土は連合国軍に占領された。関西の住民は、連合国軍に、関東の政権に自分たちの文化伝統が抑圧されたことをうったえた。(庶民はとくに関東語がおしつけられたことへの不満をのべた。学者は関東語をつかう習慣ができてしまっていたので、かれらの不満の中心はそこにはなく、初等教育の修身や歴史の教科書にあらわれる人物の位置づけにあった。) 連合国はそれをみとめて、関西と関東を別々の国として独立させることにした。関西は共和国となり、西朝の末裔も一市民となった。関西では能・狂言のことばの流れをくむ関西共通語で教育がおこなわれるようになった。


それから75年後、関東でふたたび征西論が台頭し、関西への軍事侵攻をはじめた。前回とちがって、関西は民族国家としての一体感があり、(帝国時代に関東政権に強制されたせいだが) 近代的軍事力をあつかう能力もある。また、旧連合国からみれば、関東の政権は旧敵国の末裔だが、関西の政権は自分たちが独立を助けた勢力の後継者なので、関西支持にかたむきやすい。そういうわけで、こんどの戦争は簡単には決着しそうもない。

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