星の導き

@poqco

第1話

夜も更けた研究棟の一室。

高窓を開ければ、夏前の草の青々しい匂いが部屋に入り込んでくるだろう。しかし、窓は外界からの侵入を拒むかのように堅く閉ざされ、帳の隙間から月の光が淡く差し込み、空気中に舞う埃をきらきらと輝かせていた。

部屋は小さなランプに灯りが点っているだけで、男が机に向かっている辺りだけが柔らかく照らされていた。

紙と肌が擦れる音、万年筆の筆記音が規則正しく響く。

男は、月明かりの美しい空を眺める素振りもなく、本を片手に手元の紙に数式や幾何学的図形を次々と書き連ねていく。

時折、ああでもない、こうでもない、と独り言を呟いては書く、を繰り返していた男の手が止まる。

「見つけた、俺の運命」

万年筆を静かに机に置くと、今書きあげた紙を手に取り、満足そうに口元に笑みを浮かべる。

室内は、天井まである棚に所狭しと本が並べられ、そこから溢れた本や物が床に積まれている。ほんの少しだけ空いた壁には先程と同じように数式や幾何学的図形が書かれた紙が、幾重にも貼られていた。

男は手に持った用紙を、その壁の中心に更に重ねるように貼り付けると、床に置いてあった革張りのトランクケースを持ち上げて雑多に物が置かれた机に広げた。

男が指を鳴らすと、そのトランクケースに部屋の物が吸い込まれるように取り込まれてゆく。

本や四分儀、アストラーべ、羊皮紙たちはまるで規則が決められているかのように順序よくしまわれ、物で溢れかえっていた研究室は、大きな家具が残る以外すっかり空っぽとなる。たった一つ、たった今、壁に貼られた幾何学図形だけが残っている。男は、ためらう素振りすら見せずに、トランクとともに部屋を後にした。

男の歩みに合わせて、靴の音が研究棟に響く。その軽快な歩みには男の機嫌の良さが出ているようだ。

研究棟の廊下の窓に目をやると、闇夜の空に星々が輝き、近くの木々の葉はそよ風に吹かれ穏やかに揺れ動いている。目を凝らして星々を眺め「計算通りだな」と星空の美しさへの情緒に浸る間もなく呟くと、歩みを早めて棟の外へ出るのだった。

夜の湿気を含む風が肌を撫でると、木々の青々とした香りが運ばれてくる。

研究棟の方を振り返ると、その奥には荘厳な城が見える。研究棟も建築として美しい彫りや装飾が一つ一つ施され、細部にわたり凝っているが、それと比べ物にならないほど金と時間をかけたであろう城へ向かって、一礼する男をめがけて突風が吹く。

風は不自然に吹き止み、舞い上がった砂は重力に逆らうことなく下へと落ちていく。視界が開けると、先程まで男がいた場所に姿はなく、静寂だけが辺りを包んでいた。

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