バーチャル世界でアイドルをする私が謎の女の子に助けてもらう話

SEN

第1話 バーチャルアイドルでも現実でのトレーニングは欠かしません

 キラキラと輝く粒子が舞う白い空を見上げれば、小型飛行機や羽の生えた人間、果てはドラゴンまでも、そびえ立つ無数の高層ビルの間を縫って飛んでいる。


 視線を落とし広い道を眺めると、ちょんまげ頭の侍、甲冑を装備した騎士、スーツ姿のサラリーマン、狼頭の獣人、時代も世界観も全く違う人々が当然のように闊歩していた。


 お察しの通りここは現実世界ではない。


 ここは第二の世界、セカンドワールド。新時代の人々が生きる場所だ。


 2155年。火星探索で発見された莫大な資源、核融合発電の実用化、火星のテラフォーミングの成功などにより以前の時代まで抱えていた問題を解決。アンドロイドの普及により経済は活発になると共に、働く人々に余裕を与えた。


 その余裕が人々を夢へと駆り立てた。


 巨大ロボに乗る、龍の背中を駆ける、思い通りの見た目になる、空を自由に飛ぶ……人々の多種多様な夢を現実にするために世界中の大企業が総力を結集し、5年かけて作り上げたのが第二の世界セカンドワールド。


 この世界では自分の好きなようにデザインしたアバターで生活できる。実在する場所だろうと、実在しない場所だろうと、どこにだって行ける。魔法を使うことも、ロボットに乗ることもできる。


 幻想と夢が仮想によって現実となる。


 かつてこの世界の創造を主導した男はそんな言葉を残した。


 実際にその通りなのだから、人々がこの世界に熱狂するようなるまで時間はかからなかった。


○○○○


 ピピピピという目覚まし時計の音が部屋中に響き渡る。手を伸ばしてスイッチを押して音を止める。ゆっくりと体を起こして冷たい床に足をつけ、グッと体を伸ばす。今時こんなものを使わなくてもアンドロイドに起こして貰えばいいじゃないかと言われるけど、私、みなみ瑠々るるは自分の力で起きたいのだ。


 事前に準備しておいた赤いジャージに着替え、階段を降りて玄関から外に出る。冷たい風が吹き抜け体を震わせる。でもそれがちょうど私の目を覚ましてくれた。いつしか話題になった世界気温調節システムなんて導入してたらこんな風は無くなっていただろう。


「よしっ、やるぞ!」


 その掛け声とともに私は走り出した。朝一のランニング。これが私の習慣の一つだ。反仮想現実主義者だとか、バーチャル世界では何の役にも立たないだとか言われるけど、私は別に仮想現実が悪いとか思ってないし、この習慣が無意味だなんて思わない。


 朝一のランニングを続けることで辛いことでも継続できる力を手に入れる。寒かったり暑かったりする中を走ることで精神力を鍛える。自然の中でこそ「人間らしさ」みたいなものが磨けると私は思っている。……こういう所が反仮想現実主義者なのだろうか?


 ○○○


「ワン、ツー、スリーでハイ!」


 放課後、学校の屋上でダンスの特訓をしていた。最後の決めポーズが成功し、嬉しさと達成感と疲労でぶっ倒れた。


「お疲れ様〜るっちゃん」


 そう言って白い水筒を渡してくれたのは幼馴染のひいらぎ柑奈かんな。一見地味な見た目だけど、ゆったりとした雰囲気の可愛い子だ。彼女から受け取った水を飲み干してふぅと一息つく。


「あー、生き返ったぁ。いつもありがとね」

「いやいや〜、私どうせ暇だから気にしないで」


 彼女は私の隣に座って、空になった水筒に付いているパネルを起動し、出てきた無数の選択肢の中からいちごミルクを選んだ。そして、ピーという音声が鳴っていちごミルクの補給が完了したことを伝えた。彼女はそれをすぐに蓋を開けて三口ほど飲んだ。


「へへへ、アイドルと間接キス〜」

「はいはい。ファンに殺されないようにね」


 いつも通りの彼女のからかいを受け流し、力を抜いて背中を壁にあずけた。


「ずっと疑問だったんだけど、バーチャル世界で練習したら疲れないのに、なんで現実世界で練習するの?」

「んー……なんというか、疲れるっていう感覚がないと練習した気にならないんだよね」

「ほほう。流石のストイックさだね」


 私のこういう所をストイックと表現してくれるのは柑奈くらいだ。他の人は、変わり者だとか、反仮想現実主義者とか、前時代的な馬鹿とか言ってくる。今の時代そう考えるのが普通だとわかってるけど、いざ言われると傷つく。だから、彼女がそう言ってくれるのも、嫌な顔一つせずそばで支えてくれるのも嬉しかった。


「ありがとね」


 私より一回り小さい柑奈の頭を撫でる。すると彼女も頭を擦り付けてきて、フワフワした髪も相まって犬を撫でているような感覚だった。


「過激なファンサだねぇ。本当にファンに殺されちゃうかも」

「ふふっ、そうならないよう今日は一緒に帰ろっか」

「はーい」


 柑奈は嬉しそうに笑って私の手をとった。ふわりふわりと駆けてゆく彼女に手を引かれ、夕焼けが照らす屋上を去った。

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