タイトル未定2024/08/25 ██出版の霧島です

藍沢 理

第1話

7月20日

私は椿。██県にある普通の公立高校の2年生。今年の夏休みまでは、ごく普通の女子高生だった。勉強はそこそこ。部活は帰宅部。友達もいて、それなりに充実した毎日を送ってた。


でも今は……違う。全てが変わってしまった。私の人生が、私自身が、大きく変わってしまったの。


全ては夏休み初日、7月20日の午後2時17分に友達から聞いたうわさから始まったの。


「ねえねえ、聞いた? ██山のこと」

「え? 何それ」

「あそこに入った人が、みんな変になっちゃうんだって。最近も高校生が行方不明になったらしいよ」


最初は「またそんなうわさ」って思った。でも、このうわさは私の頭から離れなくなっていった。そして、私の周りでも広がっていった。


7月21日

次の日、別の友達がこう言ったの。


「██山に住んでる巨大な岩が、人を食べるんだって。焼け死んだ女の人の幽霊も出るらしいよ。赤い服装で顔がないんだって」


私は背筋がゾクッとした。だって、昨日聞いたうわさとちょっと違う。でも、なんだか現実味を帯びてきた気がして……。


心配になって、図書館に行って過去の新聞を調べることにしたの。古い新聞をめくっていると、こんな記事を見つけたの。


19██年8月1日付██新聞夕刊


「██山で遭難、高校生2人が行方不明に」


██県██郡の██山で、夏休み中にキャンプに来ていた高校生2人(男女とも17歳)が行方不明になった。2人は7月28日に入山したまま連絡が取れなくなっており、警察と地元の消防団が捜索を続けている。地元では古くから山にまつわる奇妙な噂があり、住民の間に動揺が広がっている。


この記事を読んだ瞬間、背筋がゾクッとしたの。うわさは本当だったの?


それからというもの、私の周りでどんどん奇妙なことが起こり始めた。夜、変な夢を見るようになった。昼間でも、突然頭が痛くなったり吐き気がしたり。


7月25日

友達との会話も、いつの間にか██山のうわさ話ばかりになっていった。


「あの山に入ったら、二度と戻ってこれないんだって」

「山頂には、別の世界への入り口があるらしいよ」

「山の中で迷子になった人は、時間がゆがんで年をとらないんだって」


うわさは膨らみ、歪み、そして……現実になっていった。


7月28日

██山のうわさについて詳しそうな人がいるって聞いて、██町の外れにある古い神社に行ったの。そこで会ったのは、螢っていう変わった名前のおばあちゃん。


螢ばあちゃんは、私を見るなり「あんた、うわさに耳を貸しちゃいけないよ」って言うの。


「どうして……? 私、うわさのこと一言も話してないのに」


螢ばあちゃんは、目を閉じてゆっくりと答えた。


「うわさには力がある。信じれば信じるほど、現実になっていく。あの山には、人間の想像が作り出したモノがいるんだよ」


私は背筋が凍る思いがした。だって、うわさの内容、新聞で読んだばかりだったから。


7月29日

次の日から、私の周りで変なことが起き始めたの。


夜中に目が覚めると、誰かが私の名前を呼んでる気がする。でも、家族に聞いても「寝言じゃない?」って言うだけ。


スマホで友達とうわさ話をしていると、画面が歪んで見えることがある。目をこすって、もう一度見ると普通に戻ってる。


一番ヤバかったのは、学校の様子。


学校のそばを通ると、夏休みのはずなのに、知らない生徒がいるの。話しかけても、まるで私が透明人間みたいに無視される。あわてて職員室に駆け込んで先生に聞いても「そんな生徒はいない」って言われるし。


私、おかしくなってるのかな……?


8月1日

メッセージアプリに見知らぬ人から連絡が来た。


初めまして。██出版の霧島と申します。

椿さんが██山周辺の怪異現象やうわさを調査していると聞きました。

ぜひその内容を本にしたいのですが、お話を伺えませんか?


最初は無視しようと思った。だって、怪しすぎるでしょ? でも、この人ならうわさの真相を知ってるかもしれない。そう思って、会うことにしたの。


8月3日

霧島さんは、30代くらいの女性だった。でも、なんだか年齢よりずっと老けて見える。目の下にクマができてて、髪の毛も所々白くなってる。


「椿さん、あなたが見聞きしたことを全部教えてください。でも……」


霧島さんは、ため息をついて続けた。


「知れば知るほど、あなたも危険に近づくことになります。それでもいいですか?」


私は迷わず答えた。


「いいです。真相を知りたいんです」


霧島さんは悲しそうな顔をして、こう言った。


「この辺りのうわさには、本当に力があるんです。あなたが聞いたうわさ……もしかしたら、もう現実になりつつあるかもしれません」


それから私は、霧島さんに協力して調査を進めることになった。


古い資料を読み漁ったり、地元の人にインタビューしたり。でも、分かれば分かるほど、謎が深まっていく感じ。


8月7日

霧島さんから電話があった。声が震えてる。


「椿さん、██山に……行かないで」

「どうしてですか?」

「私、見てしまったの。山の中に、うわさが作り出した何かが……」


その時、電話が切れた。


私は決心した。明日、██山に行くって。


だって、真相はそこにあるかもしれないから。


8月8日

朝早く家を出て、バスに乗った。窓の外を流れる景色が、どんどん寂しくなっていく。木々が生い茂り、人の気配が消えていく。


バスを降りたら、もう誰もいなかった。看板には「██山登山口」って書いてある。その下に貼られた紙には、こう書かれてた。


【遭難多発地帯】

単独登山は控えてください。

夜間の入山は絶対にしないでください。

山頂付近では通信機器が使えなくなることがあります。


普通なら引き返すよね。でも、私にはもう戻れない気がした。うわさの内容、霧島さんのこと、螢ばあちゃんの言葉……全部が頭の中でグルグル回ってた。


山道を歩き始めて30分くらい経った時、変なものを見つけた。


木の幹に、赤い布きれが結んであったの。触ってみたら、まだ新しい感じ。誰かが最近結んだみたい。


その先にも、また赤い布。まるで、誘導されてるみたい……。


歩いてると、どんどん不安になってきた。鳥の声も聞こえなくなって、妙に静か。


ふと横を見ると、木の陰に人影が。


「誰……?」


でも、よく見ると人じゃない。木の枝が絡まって、人の形に見えただけ。目の錯覚ってこわい。


山を登るにつれて、私の体にも変化が。


まず、頭痛がひどくなった。ズキンズキンって感じ。それに、なんだか目が霞んで、景色がボヤけて見える。


スマホで時間を確認しようとしたら、画面が真っ黒。電源は入ってるはずなのに……。


そのうち、自分の足音以外の音が聞こえなくなった。風の音も、葉っぱのカサカサいう音も、全部消えちゃった。


でも、一つだけ聞こえる音があった。


かすかに聞こえる、子供の笑い声。


山頂に着いたとき、私は叫び声をあげないように必死に頑張った。


まん中には、見たことのない生き物がいた。でも、なんか様子がおかしい。目が虚ろで、私のことが見えてないみたい。


「あ……あれは……」


私の声が、かすかに震えた。目の前の光景が、これまで聞いてきたうわさと重なって、恐怖が込み上げてきた。


見たことのない生き物。その周りに、赤い服を着た人たちが輪になって座ってる。でも、顔がない。目も。鼻も。口も。なにも無かった。


中央にいる得体の知れない生き物を見つめたまま、私は固まってしまった。声を出そうとしても、喉から音が出ない。


突然、輪になっている赤い服の人たちが、ゆっくりと私の方を向いた。顔のないその姿に、背筋が凍るのを感じた。


パニックが私を襲った。心臓が激しく鼓動を打ち、息が荒くなる。


「うわさ通り……本当に……ここに……」


恐怖に駆られた私は、一瞬のためらいもなく、来た道を振り返って逃げ出した。足がもつれそうになりながらも、必死に山を下った。背後から誰かに追いかけられているような気がして、振り返る勇気すらなかった。


ただひたすらに走り続けた。うわさの恐怖から逃れるように……。


8月12日

でも、今でも分かんない。あれは本当に見たものなのか、それとも私の頭がおかしくなっちゃったのか……。


あれから私は高熱で寝込んでる。


両親は医者に診てもらおうって言うけど、私には分かる。普通の病気じゃない。


枕元には、赤い布きれが置いてある。私が持ち帰ったわけじゃない。でも、確かにそこにある。


もう、私にも分からない。これから先、どうなっちゃうんだろう。


ただ一つ言えるのは、この日記を読んでる人、気をつけて。


だって、もしかしたら次は……あなたかもしれないから。


これが最後の日記になるかもしれない。だって、もう……



私は震える手で日記を閉じた。最後のページには、赤い布が挟まっていた。


葬儀場に到着すると、喪服姿の人々の中に椿の母親を見つけた。深い悲しみに包まれた表情で、しかし凛として立っている。


私は静かに声をかけた。


「お母様……これを、お預かりしていました」

「霧島さん……。娘が最後まで……お世話になって」


椿の母親は目を伏せ、かすかに唇を震わせながら日記を受け取った。その手が少し震えているのが分かる。


深々と頭を下げ、そっとその場を離れた。外に出ると、遠くに██山の姿が見えた。私は思わず足を止め、山を見つめる。


山は、いつもと変わらぬ姿で、静かにそびえ立っていた。そして、新たなうわさが生まれようとしているのを感じた。


私はこの体験をどこかで公開する予定だ。




=了=



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タイトル未定2024/08/25 ██出版の霧島です 藍沢 理 @AizawaRe

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