ヒーロー、本当の名前を聞く



 

 一週間も会えなくて寂しかったからと怜央の家に招かれて、また一緒に並んで紅茶を飲む。怜央の部屋にはまた青い何かしらが増えていた。


「青さんのことを考えているとつい、青いものを集めてしまうんですよね」


 困ったように微笑んだ怜央に、そのうち海の底みたいな壁紙にされたらどうしようかと思った。いや、あの部屋みたいに写真が貼られているわけじゃないからまだマシか?


 などと、考え事をしていると、怜央の顔がいつの間にか目の前にあった。


 ぶつかる、と思って目を閉じる。だがいつまでも衝撃は訪れない。

 不思議に思って目を開けると、うっとりと青を見つめる怜央の目が、まつ毛同士が触れそうな程に近い。


「わっ!」


 磁石が反発するみたいに体が後ろに動きかけたが、背中に怜央の手が回されていた。逃げられない。


「ふふ、キスされるかもしれないと思って目を閉じてる青さん、可愛かった。キスしてもいいですか?」

「…………しない」


 余裕そうな怜央に腹が立ってそう答えたのに、結局すぐにキスが降ってくる。悔しいから目を開けたままでいようかと思ったが、綺麗な顔のアップにいたたまれなくなりすぐに目を閉じた。


「んっ……」


 柔らかな唇がふにゃりと重なって。舌がこちらの唇の隙間を擽るように撫でる。擽ったさに開いたところからぬるりと滑り込んでくる。


「んっ、ふ……んんっ」


 引っ込めかけた舌を優しく絡め取られた。舌を吸われ、お互いの唾液が混ざり合う。それがやたら甘くて喉を焼きそうで、もしかして宇宙人の体液には何かやばいものが含まれるのだろうか。

 でも、もしそうだったとして、もう手遅れだ。怜央とするキスは甘く気持ちよくて……安心して、好き。

 思考回路がドロドロに溶かされて、何も考えられなくなって。何もかもきっと手遅れだ。


「ベッド、行きましょう」

「……ん」


 だから、こうして手を引かれても拒めないのは仕方がないことだ。


「レオンっていうのが本当の名前なんです」


「――レオン」


 レオンだから怜央、ほとんど本名じゃないか。それでも青が本当の名前を呼んだことがよほど嬉しかったらしい。単純な男だ。

 いや、青も青で、ブルーではなく青と呼ばれることが心地よく感じていたから、同じくらい単純だったのかもしれない。


「青さん、好きです」


 そんなとろけそうな表情で言われるとこっちの方が溶けてしまいそうだ。本当は「俺も」とか答えてやっった方がいいのだろうけれど、正直青は怜央のことをどう思っているのかわからない。

 たぶん、嫌いじゃないし、放っておけないし、好きなんだと思う。恋愛的なものなのか、自信はないが、そうなんじゃないかとも思う。たぶん。きっと。

 だとしても怜央と同じだけの気持ちを返せるのかわからない。こんなふわふわの状態で何と言えばいいのだろう。


「青さんが僕を受け入れてくれたら、それだけで幸せですよ。青さんは好きじゃなきゃ受け入れてくれませんし」


 そうだろうか。

 でも、怜央以外の誰かにこんなことを許すとは思えない。こんな風に流されるのは、怜央にだけだ。


「んっ……ふ、」


 キスで塞がれて、否定も肯定も何もできない。だから仕方なく怜央を受け入れる。きっとそれだけだ。




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