ヒーロー、先輩ヒーローに守られる
――今日はこれだけで我慢しますね
頬にキスされた感覚が、何度洗っても消えない。不幸中の幸いなのは、気持ち悪くはなかったということだ。だからといってもう二度とされたくない。唇になんてもってのほかだ。
あいつ犬っぽいし、犬に舐められたと思って忘れよう。そして次の出動では戦いが終わったらすぐに帰ろう。怜央が現れる前に。
「ブルーパンチ!」
「ブルーキック!」
「ブルーアタック!」
ここにアッシュがいたら「もうちょっといい名前なかった?」と聞かれそうな必殺技を駆使し、戦闘員を蹴散らしていく。
今日もアッシュは出てこないし、まだ怜央も現れていない。早く残りの雑魚たちを一掃して帰ろう。
そう思っていたブルーの前に現れたのは、アッシュでも怜央でも無かった。
「お前がブルーか」
「お、お前は……」
エタニティの幹部ブラックナイト。見た目はアッシュの仮面とマントを黒くした程度の違いだが、強さは桁外れだ。
いつもはブラックナイトが現れるとフレイムが出動するのでブルーがこうして対峙するのは初めてだった。直接戦ったことは無いが、あのフレイムと互角に戦う男だ。纏うオーラも違うし、自分に勝てるとは到底思えない。
……フレイムもいないし、これはピンチなのではないだろうか。
「アッシュから報告は受けている。お前がエタニティの邪魔だ、と」
「なにっ」
つまり、アッシュは先輩とちゃんとコミュニケーションがとれているということなのか。ブルーなんてフレイムとろくに話したこともなければ連絡先も何も知らないのに。少し羨ましい。そんなのズルい。
だが邪魔と認識される程度にはブルーは活躍できているということかと少し嬉しく思ってしまう。幹部がわざわざ様子を見に来るくらい?
……今までの努力が報われた気がした。
(頑張ってきて良かったなあ……)
とはいえ、今はまだ新人のアッシュも倒せないブルーだ。いきなり幹部なんかに適うはずがない。だからといって逃げ出すのも正義の味方らしくない。
負けるとわかっていても戦うしかないのか?
うん、その方がヒーローだな。
だが、ブルーよりずっとヒーローらしい男がいた。
「そこまでだ、ブラックナイト」
何度も追いかけて、聞いた声。ブルーとは色が違うだけなはずなのに、オーラが違う。
どこかから現れたフレイムが、ブラックナイトからブルーを庇うように立ち塞がったのだった。
フレイムへの不満はあった。
いくらブルーが一人前になるためだったとしても、雑魚やアッシュの相手はブルーに任せきりだし、ねぎらいの言葉をかけてくれるわけでもなければ、ほとんど話したこともない。ブルーはフレイムの正体どころか連絡先の一つも知らなかった。
灰田にはああ言ったが、本当はサボっているだけなんじゃないかと思ったりもした。
でも、
「お前の相手は俺だろ?」
こうして後輩のピンチに駆けつけてくれる、やはりこの男は誰よりもブルーの憧れるヒーローだった。
(カッコイイっ!)
ブルーのものと同じで鶴見博士が作った強化スーツなのに、どうしてこんなに力に差が生まれるのだろう。見た目は色が違うくらいでほとんど同じなのに。
「――闇よ、行け」
ブラックナイトの放つ黒い光がフレイムへ向かってくる。フレイムはただ黙って右手を黒い光へかざす。
フレイムの手から赤い光が放たれ、光は黒い光を飲み込み、すぐに溶けるように消えた。
何だ、あの力は?
見たことがない能力に息を呑む。
ブラックナイトは既に赤い光のことを知っていたのか、やはり驚きもせず、こちらへ向かってゆっくりと歩き出す。
「その新人に任せきりで鈍ったんじゃないか」
「そう思うなら試してみるか」
最早ブルーのことは完全に蚊帳の外で、二人だけの戦いが始まろうとしている。
フレイムに庇われた時点で、この場のブルーはヒーローとは言えなかったのだけど。
ブラックナイトが舞うように攻撃し、フレイムがそれをよける。フレイムの放つ炎をブラックナイトがひらりとかわす。ブラックナイトが向けた剣をフレイムが己の剣で受け止める。
何だか二人でダンスでもしているようで、綺麗だなとのんきに思ってしまった。
……自分もいつか、あんな風に戦えるようになるのだろうか。
下っ端の相手ばかりさせてフレイムはサボっているのではないかと疑っていた自分が恥ずかしくなった。フレイムの強さは変身したから手に入っただけの力ではなく、血のにじむような努力で手に入れたものだったろうに。
そうなりたいと思ったらブルーだってちゃんと努力しなければいけなかったのに。トレーニングはしていたが、もっともっと努力するべきだった。どこかで与えられた力に満足していたのだ。ブラックナイトがまだダメでも、せめて、まずはアッシュを倒せるようにならなければいけなかったのに。
それなのに、そんなブルーを助けに来てくれて。フレイムは誰よりも、ブルーよりも、ずっとずっとヒーローだった。
そして自分もそんなヒーローになりたいと強く思った。
元々、たった一人でエタニティと戦っていたあのフレイムだ。いくら少しの間ブルーに仕事の大半を丸投げしていたからって、それくらいで弱くなるはずもない。きっとその間に自主トレーニングだってしていたはずだ。
二人の剣が何度も交差し、耳の痛くなるような音が続き、やがてブラックナイトが剣を取り落とす。
「……俺の勝ちだな」
フレイムの剣先がブラックナイトへ向けられる。
そのままとどめを刺すのかと凝視していたが、「そのようだな」とブラックナイトはマントをひるがえし、消えていった。
そして、後にはフレイムとブルーだけが残された。
「あ、あの……」
そのまま立ち去ってしまいそうなフレイムに、勇気を出して話しかける。お互い変身したままの姿のため、相手の表情が読めない。
迷惑と思われていないだろうか。不安だったが、それでもどうしても伝えたかった。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「ああ……こっちこそ、いつもエタニティの相手をありがとう」
「俺、もっと強くなります!」
あなたみたいにと言いたかったけれど、それは言ったら叶わない気がしてやめた。
「なれるさ、きっと」
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