比較的マシな短編集

堂目雷同

垂れる水滴

これは、ある男が旅行をしたときの話である。


男は色々な所に行った。

美味しい物を食べ、美しい景色を見、散々に歩いた男はすっかり疲れ果てて、泊まるホテルへと入って行った。


ここで旅館にならないのは、なんてことはない、男も金がなく、単にこの部分を節約したに過ぎないのだ。


さてどうやら男は、部屋に入るなりさっさとシャワーを浴びて、寝てしまう事にしたようだ。

部屋の明かりを消し、ホテルのスリッパを脱ぎ、布団をかぶって、真っ暗闇の中で男は目を閉じる。


 

ヒタ、ヒタ、ヒタ、



男の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。男は思った。

(なんだか、垂れた水滴が床を打つような音がするぞ?)



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



変わらず、その音は聞こえてくる。

(勘弁してくれ!もう寝たいんだ、なんなんだまったく……)



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



男は仕方なく、その音の正体を探る事にする。

目を開き、布団から出て、スリッパを履き、部屋の明かりをつける。



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



男は音のする方へと向かう。どうやら、シャワー室から聞こえてきているようだ。

(まあどうせ、想像通りといったところだろうな。)


男がシャワー室のドアを開けた。



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



「ほら!やっぱり……」

男の大方の予想通り、その音は単に、シャワーから垂れた水滴が床を打つ音だった。

試しに、蛇口を強めに捻ってみる。



ヒタ、ヒ、タ、シーン……



男は、ほっと溜息をついた。

(ああよかった。これでようやく、グッスリと眠れるな。まったく、明日も予定があるのに、眠りを邪魔されるなんてたまったもんじゃない……)

男はシャワー室を出て、ベッドへと向かう。



部屋の明かりを消し、スリッパを脱ぎ、布団をかぶって、真っ暗闇の中で男は、再び目を閉じる。

(さて、明日はどこへ行こうかな。ああ、楽しみだなぁ……)




ヒタ、ヒタ、ヒタ、



(ん?あれ、おかしいな)

なぜかまた、あの音がし始めた。



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



男はいらだち始めていた。

(なんなんだよ、もう!大人しく寝かせてくれ!)



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



しかし音は変わらず鳴る。

(あーもう、知らん。どうせまた水滴だ。蛇口がもう緩んだのか?こんな事なら安宿にするんじゃなかったよ、まったく……)

男は布団を深く被る。しかし、



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



音は鳴り続ける。それどころか、男は別の異変に気付いた。

(……この音、なんだか大きくなってないか?)



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



男は、この音がなんだか、自分の方へと向かってきているように感じた。

(いや、いや、まさか!ただの水滴だ、勝手に止まる事はあっても、近づくだなんて……)



ヒタ、ヒタ、ヒタ、



(あークソ!一体なんなんだ……?)

男はやむを得ず、その音の正体を探ろうとして、目を開き、布団から出て、スリッパを履こうとした。


その時、



ガシィッ!!



「何か」が男の足を掴んだ。

「う、うわぁっ!!?」

男は軽くパニックになって、足を振り回した。

「なんだ!?誰だ一体!は、離せっ!!」

すると、足を掴んでいた「何か」は、直ぐに手を離した。


男は部屋の明かりをつける。



シーン……



しかし、部屋の中には男以外誰もいなかった。

「な、何もいないじゃないか。本当になんだったんだ……。疲れてただけか……?」

男は、掴まれた足首を見た。


いや、正確には、床を見てしまったのだ。

足跡のようにシャワー室へと続いていく、水滴を……




さて、その後の予定にもかかわらず、男は直ぐにそのホテルから出て行った。

そしてあの水滴の正体は、男がそうして出て行ったしまったために、結局、誰にもわからないままだった。

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比較的マシな短編集 堂目雷同 @doumoku_raidou

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