14-1.梓琳との接触

 翌日、由羅は凌空と共に楊樹璃に会いに屋敷へと向かっていた。


 前回凌空と屋敷に行った時には、桜の花びらが舞っていたが、今は風が吹いても花びらは見えない。

 代わりに桜の木には若葉が顔を覗かせていた。

 それをなんとなく見上げていると、隣を歩く凌空が静かな声で話しかけてきた。


「由羅さん、先にお伝えしておきます。先日主上に命じられて魯家の動きを探っていましたが、魯家にりゅう 董夜とうやの弟であるりゅう 董夕とうゆう 白鄭はくていという男が出入りしていました」


「確か劉 董夜とうやというのは劉家の当主ですよね」


 劉家は紅蘆派であることは周知の事実である。その弟が魯家に出入りしているとなると、魯家は紅蘆派と接触していることになる。


「李白鄭という人も紅蘆派なのですか?」

「ええ。李家当主の弟にあたります。実は、彼も紅蘆派であることがこの間判明したのです。由羅さんのお陰ですね」

「私、ですか?」


「はい。当初の目論見通り、由羅さんが妃の役を引き受けて下さったことで焦った白鄭はくていが紅蘆派だと尻尾を出しました。魯家が紅蘆派に傾いているのは間違いないと思われます」


「そうなると、梓琳が魯家の誰かに命じられて妃候補に葡萄柚と紅玉薬を渡していたということは十分に考えられますね」

「はい。ですから可能性は低いですが梓琳が単独で行った殺人なのか、それともやはり誰かに命じられていたのかを明らかにするのが今日の目的です」


 梓琳にはこちらの意図を隠したまま情報を引き出さなくてはならない。つまり、全ては由羅の話術にかかっている。


 潜入捜査や情報を引き出すことは黒の狼への依頼としてよくあることで、由羅も何度か行ったことがあるが、どうも由羅は思っていることが顔に出やすいらしい。

 気を引き締めて臨まなくては。


(責任重大ね。絶対に失敗できないわ)


 そう気合を入れているうちに、二人は樹璃の屋敷に到着した。

 赤い重厚な門を潜るとすぐに樹璃が待っており、由羅たちを迎えてくれた。


「お待ちしておりました」

「樹璃、今日はありがとう」

「いえ、お兄様の役に立てるのであれば。お姉様も喜ぶと思います」


 樹璃は前回同様、大きな目の目尻に朱を引いて、切れ長に見える化粧をしており、淡い黄色の衣装の姿は天女のように美しい。


 だが、今回の目的を知っているためか、少し緊張しているように見えた。

 そんな樹璃が凌空の隣に並んでいる由羅に目を向けた。


「まぁ、由羅さんはそう言う格好も似合うのね。素敵だわ」

「あ、ありがとうございます」

「今日はよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 今日、由羅は樹璃の遠い親戚という設定で梓琳と会う。

 そのため、前回着ていた侍女服ではなく、貴族の姫君らしい上等な衣装を身に付けている。


「では、行きましょう。もう梓琳様が来ていますわ」


 樹璃に案内されて梓琳の待つ部屋へと向かう。

 その間、3人とも無言だった。

 それぞれがそれぞれの思いを抱えているのだろう。


「あの部屋よ。凌空お兄様はこの隣の部屋にいてくださいませ。声が聞こえるように私たちの部屋の扉は開けておきますから」

「分かった」


 そしていざ梓琳の待つ隣の部屋へと行こうとしたのだが、樹璃は足を止めたまま動かない。

 どうしたのかと思っていると、樹璃はか細く呟くように言った。


「やっぱり梓琳様が姉を殺したと思う?」

「え?」


「紅玉薬を持ってきたのは梓琳様よ。その紅玉薬を飲んで姉は亡くなった。梓琳様を疑うのはあたりまえでしょう? でも、梓琳様と姉はとても仲が良かったし……とても良い方だから梓琳様が姉を殺しただなんて思いたくないの……」


 梓琳に対する複雑な思いが見え隠れしていた。


「それを確かめるために今日この場を設けていただいたのです。梓琳様がどう事件に関わっているのか聞き出しましょう」


 そうして由羅と樹璃は互いに頷き合うと、気を引き締め直して梓琳の待つ部屋へ入った。

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