13-2.点が線になる②

 紫釉の疑問に由羅は伯瑜の元で読んだ医学書の内容を思い出して答えた。


「確かに、普通の合食禁であれば同時に摂取することで体調不良を引き起こします。ですが、今回の場合は普通の食べ物ではなくキニーネという薬品になるので、普通の合食禁とは少し反応が違うようなのです。さっき話したように、柑橘類の成分がキニーネの成分を体内で分解にくくします。そのため血中のキニーネの濃度を上げるのですが、キニーネの分解を阻害する成分はどうやら、摂取後に2、3日ほど体内に残るようなのです」


「つまり、瑤琴のように2日前に柚子を食べても、体に異常をきたすということだね」

「はい」


 答えた後、次に凌空が疑問を呈した。


「私も質問してもいいでしょうか? この時期、柚子などいくらでも手に入ります。他にも柚子と紅玉薬を一緒に服用した人間がいてもおかしくないですよね。どうして彼女たちだけが死亡したのでしょうか? 偶然4人だけが死んだ、というのは出来すぎでは?」


 そう、それこそがこの事件をより複雑にした要因であり、もう一つの仕掛けトリックでもあるのだ。


「それは彼女たちが食べたのが普通の柚子ではないからです。覚えていますか? 今回4人が食べた柚子は、“見たことの無い柚子”“柚子と言っても外国の果実”“正確には柚子ではない”という証言がありました。つまり、4人が食べた柚子は果物です」


「そのような果実を私は知りませんが……」

「凌空様は、樹璃様の侍女が言っていた柚子の特徴を覚えていますか?」

「確か、『柚子より大きくて、色も黄色かった。文旦に似た形だった』と言っていましたね」

「はい、実はこれらの証言から浮かび上がってくる柚子があるんです。名前を葡萄柚プウタオヨウ……現地の言葉ではグレープフルーツと言います」


 由羅は、以前伯瑜とお茶をしたとき葡萄柚の甘煮をご馳走になった。

 その時の伯瑜の説明では、葡萄柚は文旦の一種で、南の国で採れる柚子だという。


 今回の柚子の特徴は伯瑜が言っていたものと一致する。だから彼女たちが食した柚子は葡萄柚だと考えられる。


「そして柚子にはキニーネの分解を阻害する成分はほとんどないのです。だからこの国で一般的に売られている柚子を食べてから紅玉薬を飲んでも死亡することはありません。それが、4人だけが毒性のないはずの紅玉薬を飲んで死亡した仕掛けトリックだと思います」


「では葡萄柚グレープフルーツと紅玉薬を持ち込んだ鄭 梓琳が、この殺人に関わっているのは確実のようですね」


 そうなのだ。

 この葡萄柚は紅玉薬と一緒に鄭 梓琳が土産として持ってきたことが分かっている。


 重要参考人として名前が挙がっていた鄭 梓琳は、この事件に重要な役割を果たしていると断言できるだろう。

 話を聞いていた紫釉が、泰然に向き直って尋ねた。


「梓琳が接触している人間は分かった?」

「梓琳は屋敷での仕事が中心で、外出はほとんどしない。出ても買い物程度で、特定の誰かと会うということはなかった。ただ魯家には何人かの商人が出入りしていたな」


「ということは、魯家の中で葡萄柚と紅玉薬の受け渡しをしているということ可能性が高いね」

「なるほどな。じゃあ、魯家の中で商人が持ち込んでいるってことか」

「俺もそう思う。……ねえ由羅。さっきの話だと、紅玉薬……キニーネだったかな? あれはテフェビア王国でしか扱いがないんだったね」


 紫釉の問いに由羅は頷きながら答えた。


「はい。ですから、もし乾泰国かんたいこくに持ち込まれるとしたらテフェビア王国の商品を扱う商人でしょう。泰然様、テフェビア王国から来た商人がいたか分かりますか?」

「えっ、とちょっと待ってくれ」


 そう言って泰然は書類を取り出し、そこに列挙されている名前を上から確認していった。

 そして書類を上から下へとなぞる手が、ピタリと止まった。


「ジャタイというテフェビア王国の商人がいる」

「じゃあ、ジャタイが紅玉薬を持ち込んだということだね。葡萄柚もジャタイが持ち込んでいると思うかい?」


 紫釉が由羅に尋ねたので由羅は考えながら答えた。


「はっきりとは言えません。葡萄柚はテフェビア王国にはない果物ですから。でもジャタイが他の国からテフェビア王国経由で乾泰国に持ち込んでいる……とも考えられますね」

「まぁ、持ち込む経路ルートはどうであれ、結論としては葡萄柚と紅玉薬を注文している人間が黒幕だな」


 梓琳には妃候補4人を殺す動機が見当たらない。

 そのため、梓琳に命じて葡萄柚と紅玉薬を持って行かせた人物が犯人だと由羅たちは考えた。

 次に凌空が口を開いた。


「明日、梓琳と接触するとの連絡が樹璃からありました」


 先日楊家に行った際、樹璃が梓琳と会って、どうやって紅玉薬を入手しているのかを梓琳から聞き出すこととなっていた。それに由羅も同席することになっていた。

 だが、そのことに紫釉は反対のようで、一瞬渋い表情を見せた。


「由羅を危険な目に遭わせたくないな。だけど、由羅は行きたいんだよね?」

「はい」

「くれぐれも無茶はしないで」

「分かりました」


 こうして、事件は大きな進展を遂げることになった。

 あともう少しで犯人に辿り着く。そして被害者たちの無念を晴らせる。

 事件解決が目前であることを、由羅は確信するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る