第11話 最後の攻防と決断

夜が明けたにもかかわらず、NDSラボ内の空気は重く、ピリピリとした緊張感が漂っていた。前田奈緒美は、自分のデスクに座り、目の前に広がる情報の海に深く沈み込んでいた。高橋剛が提供した新たな証拠、そして神谷悠が進めている法的措置の進展。それらすべてが彼女の脳裏に鮮明に焼き付いていたが、どこか不安が募っていた。


「48時間…時間がない。」奈緒美は自分に言い聞かせるように呟き、再びモニターに目を落とした。そこには、企業の内部ネットワークから復元された通信ログが表示されていた。次の実験が予定されている場所と時間を特定するため、彼女は焦る気持ちを抑えながらも冷静に情報を分析していた。


その時、オフィスのドアがノックされ、高橋が入ってきた。彼の顔には疲労の色が見えたが、目は鋭く輝いていた。


「奈緒美さん、実験の予定地を特定できました。」高橋は手に持っていたタブレットを奈緒美に見せた。


「どこ?」奈緒美は即座に問い返した。


「山間部にある廃棄された施設です。おそらく、企業が目を付けた理由は、その場所が人目につきにくく、監視が行き届いていないためだと思われます。」高橋の指がタブレットの画面を滑り、地図を拡大して見せた。


「ここなら確かに…誰も気づかないかもしれない。」奈緒美は地図を凝視し、場所を頭に叩き込んだ。「しかし、48時間以内にここに行って、実験を阻止するには相当の準備が必要だわ。」


「私たちだけでは無理です。警察や他の機関にも協力を仰ぐべきです。」高橋は冷静に提案した。


「そうね。これだけの規模の事件を、私たちだけで解決しようとするのは無謀だわ。」奈緒美は一瞬考え込み、すぐに電話を取り上げた。神谷に連絡を取るためだ。


「神谷さん、実験の場所が特定できました。これからその場所に向かい、直接介入するつもりです。ですが、私たちだけでは力が足りません。警察の協力をお願いしたい。」奈緒美は一息に伝えた。


「分かった。すぐに警察に連絡を取って手配する。君たちは現場に急行してくれ。必要な援助はすべて手配する。」神谷の声は落ち着いていたが、その裏には緊張感が隠されていた。


「ありがとう、神谷さん。」奈緒美は電話を切り、深呼吸をした。「高橋、準備を整えて出発するわ。」


高橋は短く頷き、すぐに行動を開始した。奈緒美もまた、自分のデスクを整理し、必要な資料や機材を手に取った。ラボ内のスタッフ全員が動き出し、緊急事態に備えて準備を進めた。


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その頃、UDIラボでも同様の緊張が高まっていた。三澄ミコトと中堂系は、被害者の体内に残されたナノマテリアルの最終解析を進めていた。時間がないことは明白だったが、それでもミコトは一つ一つの手順を丁寧に確認しながら作業を続けた。


「ミコト、このナノマテリアルの成分、特定できたわ。」夕子が緊張した面持ちで報告してきた。


「どんな成分?」ミコトはすぐに結果を確認した。


「痛覚を増幅させる物質だけじゃない。これには、神経系に作用して幻覚を引き起こす可能性のある成分も含まれているわ。」夕子の言葉に、ミコトは眉をひそめた。


「つまり、被害者は激しい痛みとともに、幻覚に苦しんでいた可能性があるということね。」ミコトはその事実を受け止めるのに必死だった。


「それだけじゃない。もしこの成分が大量に体内に取り込まれた場合、神経系に不可逆的なダメージを与える可能性がある。」中堂がさらに付け加えた。


「この事実を公にしなければならない。企業がこれほど危険な物質を人体に使っていたなんて…許されることじゃない。」ミコトは強い決意を込めて言った。


「私たちがここで真実を暴かなければ、誰がやるんだ。」中堂も同意し、作業を続けた。


ミコトは再び解剖台に目を落とし、被害者の無念を胸に秘めながら、解析結果を最終的なレポートにまとめ始めた。すべてのピースが揃いつつあり、真実が明るみに出るのは時間の問題だった。しかし、その前に彼女たちがやらなければならないことがあった。


「私たちのやるべきことは一つ、すべての事実を公表し、この企業の悪事を止めること。」ミコトは自分に言い聞かせ、さらに集中力を高めた。


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NDSラボのチームは、準備を終え、現場に向けて出発するために集合していた。全員の顔には決意が宿り、これからの戦いに挑む覚悟が固まっていた。


「時間がないわ。現場に到着次第、即座に行動に移る。」奈緒美は短く指示を出し、車に乗り込んだ。


車内では、全員が無言だったが、それぞれの胸の内には熱いものが渦巻いていた。これまでにない規模の事件、そしてそれに立ち向かうための最後の戦いが始まろうとしていた。

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