第2話 謎の遺体発見

夜明け前の静寂を切り裂くように、警察車両のサイレンが都市の郊外に響いていた。薄暗い空の下、霧が立ち込める廃工場に、一台の黒い車が静かに停車する。その車から降り立ったのは、NDSラボの主任調査員、前田奈緒美だった。


奈緒美はコートの襟を立てながら、鋭い眼差しで廃工場の周囲を見渡した。古びた建物は年月を感じさせる錆びついた鉄骨がむき出しになっており、かつての工場の活気を思い出すものは何一つ残っていなかった。ただ、風に揺れる金属片の音だけが、耳に不気味に響いていた。


「現場はこちらです。」


現場指揮官が奈緒美に声をかけた。彼女は短く頷き、指揮官に続いて建物の中へと足を踏み入れた。工場内部はさらに暗く、天井から差し込むわずかな光が、薄暗い空間に不気味な影を作り出していた。


現場にたどり着くと、そこには一体の遺体が横たわっていた。遺体の周囲には、鑑識班がテープを張り巡らし、慎重に証拠の収集を行っている。だが、遺体の周辺には、証拠と呼べるものがほとんど見当たらなかった。それはまるで、事件の痕跡が意図的に消されているかのようだった。


「何か手がかりは見つかった?」奈緒美は鑑識班に問いかけた。


「いいえ、主任。遺体の状態は比較的良好ですが、周囲には不自然な点が多すぎます。外傷は見当たらず、現場にも特に目立った証拠はありません。ただ…」


「ただ?」奈緒美が顔を上げ、鑑識班の一人を見た。


「現場が…クリーンすぎるんです。何かを隠そうとしているように感じられます。」


その言葉を聞いた奈緒美は、遺体に近づき、細心の注意を払いながらその状態を観察した。男性の遺体は、まるで眠っているかのように穏やかな表情をしていたが、その周囲には奇妙な無機質さが漂っていた。


「外傷がない…だけど、何かがおかしい。」奈緒美は小さく呟いた。彼女の目は遺体の肌を丹念に調べ、ほんの微かな傷跡や異常を見逃すことはなかった。


「これでは自然死のように見えるわ。でも…」奈緒美の直感が、何か重大な違和感を感じ取っていた。「この現場の不自然さを考えると、事件性は否定できない。」


奈緒美はポケットからスマートグラスを取り出し、遺体の周囲をスキャンし始めた。デジタルデータが視界に浮かび上がり、彼女はその細部を検討する。温度の異常、空気中の成分、さらには目に見えない微粒子の動きまでが解析され、リアルタイムで画面に表示された。


「何もかもが計算され尽くされているように感じる…」奈緒美の眉間に皺が寄る。「だが、どこかに必ず手がかりがあるはず。」


奈緒美はその場でデータを保存し、続いて手袋をはめて遺体を慎重に調べた。彼女の手は、遺体の皮膚の表面を軽くなぞり、何か異常がないかを確認する。彼女の集中力は、周囲の音を遮断し、ただ一点に向けられていた。


「これは…?」奈緒美の手が、遺体の首筋に触れた時、微かに違和感を感じた。彼女は注意深くその部分を確認し、小さな針の跡を発見した。


「やはり、自然死ではない。」奈緒美は自分の直感が正しかったことを確信し、すぐに携帯を取り出してUDIラボの三澄ミコトに連絡を取った。


「ミコト、現場で何か見つけたわ。自然死のように見えるけど、これには裏がある。針の跡を発見したから、すぐに解剖を依頼したい。」


「了解。すぐに準備するわ。」ミコトの落ち着いた声が返ってきた。


電話を切った奈緒美は、再び遺体を見下ろした。彼女の頭の中には、数々の謎が渦巻いていた。この針の跡が何を意味するのか、そしてこの現場がなぜここまで「クリーン」なのか。その答えを見つけるためには、まだ多くの調査が必要だ。


「この事件、簡単には終わらなそうね。」奈緒美は静かに呟き、遺体のそばを離れた。これから始まる調査が、彼女にとってどれほど困難なものであるかを、まだ誰も知る由もなかった。

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