僕がうまく泣けるその日まで

不労つぴ

前編

 僕はある時期から今に至るまで一度も泣いたことがない。

 あの事件が起こったのは中学生の頃だったので、もう10年以上ずっと泣いていないことになる。


 元々、映画やアニメなどで泣いたことが無かった。一応感動はしている……のだと思いたい。だが、「これはあくまでフィクションだ」と冷めた目で線引きしてしまうのだ。


 しかし、ずっと昔からこうだったわけではない。小さい頃、僕は泣き虫だった。何かあったらすぐに泣く。今思ってもかなり面倒くさいやつだったと思う。


 学校の授業か何かで、母から手紙をもらった覚えがある。中身を見て、僕は同級生の目も気にせず大泣きした。また、中学校の採血検査でも痛さのあまり泣いた。

 そのくらい、僕は感受性豊かな子だった。


 しかし、今はどういうわけか、泣きたくなっても涙が全く出てこないのだ。何か辛いことがあっても、「あぁ辛いな」くらいで終わってしまう。まるで、中二病をこじらせた思春期の少年のようだが、実際本当にそうなのだからどうしようもない。


 最後に泣いた日のことは今でも覚えている。あれは、中学2年初夏の夜。母と二人でいたときのことだった。


 そのときの僕はこの世の不条理に絶望し、獣のように激しく慟哭した。今思えば、あれが僕の最初で最後の慟哭だった。


 自分ではどうしよう出来ない無力感。

 自分にもっと力があればという渇望。

 そして、行き場のない怒り。


 僕はそのとき、泣きわめきながら母に尋ねた。


「僕は一体誰を恨めばいいの? 僕たちをこんな風にした父さん? 父さんの取り引き相手? それとも、父さんをここまで追い詰めたこの社会?」


 僕は憎しみの矛先が欲しかった。今思うと、馬鹿馬鹿しいことこの上ないが。

 母は僕を悲しそうに見つめた後、ポツリと呟いた。


「誰かを恨むことで、この現状が変わるの?」


 僕は何も言い返すことが出来なかった。母の言う通りだ。誰かを憎んだところで、結局何一つとして、変わらないのだ。分かっていたはずなのに、今の今まで僕は考えないようにしていた。


 真っ暗な部屋には、僕のすするような泣き声が響き、母は無言で僕を抱きしめた。






 それから数カ月後、母方の祖母が亡くなった。


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