19.覗き見

「つっ、椿つばきちゃん! だっ、ダメだって!」


「まったくやかましいだにゃ!」


 俺は今、黒猫又の椿ちゃんの腕に抱えられている。文字通りうさぎの――白い『三つ目兎』の姿で。


 赤い目をした三つ目さんではあるけれど、他は普通の兎と見た目は変わらない。真ん丸なフォルム、ふわふわもっふもふな毛並み……と。我ながらとってもラブリーな見た目をしている。


 リカさんは俺と『三つ目兎』が似てるって思ってるらしいけど……どの辺が?


 実際なってみても、まるでピンとこない。


 (リカさんから見て)チビで落ち着きがないところとか? って、今はそんなこと呑気に考えてる場合じゃないよな!?


「まっ、万一にもバレたりしたら大変だからさ――」


六花りっか様の術は完璧にゃ。そう簡単には――」


「だから、ってこともあるでしょ?」


「あのにゃ~、優太の義兄にあたるお方もいらっしゃる……かもしれにゃいんにゃぞ!?」


「っ! それは……」


「ほ~ら、ほらほら! 気になるんにゃろ!?」


 確かに義理のお兄さんのことも気になる。気になるけど、もっともっと気になるのは妖狐さんの方だ。


 その妖狐さんが、人間嫌いか否かによって俺の身の振り方も変わってくる。


 場合によっては、この里を出ることも考えないといけないわけで。


「へぶぅっ!?」


「たぶん、あそこに現れるはずにゃ」


 俺の小さくてもふもふな体は、椿ちゃんの手によって木の幹に激突。


 そのまま背中に圧し掛かられて、身動きを封じられてしまった。


 何とも古典的な木の影から覗き見るスタイルだ。


 里のみんなはいつもの調子で生活を送っているけれど、表情は一様に固いように思う。


 原因は大方分かってる。端的に言えば妖狐が怖いんだ。


 妖狐の戦闘力、知力は数ある妖怪の中でもトップクラス。


 加えてゴリゴリの武闘派で、『無礼討ぶれいうち』もざらにあるのだとか。


 そんな妖達がこれからやって来るんだ。いくらリカさんが守ってくれるとはいえ、不安に思うのも無理はない。正直なところ俺も怖い。


「来たにゃ」


「っ!?」


 広場が光に包まれていく。眩し過ぎて目を開けていられない。俺は堪らず木の幹に額を預けた。


「カァー!!」


「? カラス???」


 威勢のいい鳴き声。見上げれば烏が宙を飛んでいた。


「何で烏が? 迷いこんじゃったのかな?」


「優太! あれ! あれっ!」


「わっ……」


 光の向こうに4人の人影を捉える。全員頭の上から耳を生やして、ふっくらとした立派な尻尾を揺らしている。


 間違いない。妖狐だ。2人は着物姿で、2人は作務衣姿だ。


「ははーっ!!」


「よっ、よくぞお越しくださいました!」


 里の皆は直ぐさま土下座をし出した。リカさんはその必要はないと言ってくれてるけど、土下座を解く人は誰一人としていない。完全なる委縮ムード。やっぱり怖いんだな。


「六花様の隣にいるのが弟君だにゃ。名前は確か『かおる』。むひゃ~、六花様にそっくりだにゃ~」


 椿ちゃんは変わらずマイペースだ。物陰に隠れてるからとはいえ、何とも頼もしい限りだ。俺は控えめに笑いつつ、改めて弟君(仮)に目を向ける。


 うん。確かに似てる。


 長い銀髪に大きな狐耳、切れ長の目に金色の瞳、すっと通った鼻筋、薄くて形のいい唇。輪郭も顔のパーツの位置もほぼ同じ。


 とはいえ、年齢差はハッキリと見て取れた。


 見た目だけで言えば、薫さんは20代前半、リカさんは30代前半って感じ。


「薫さんはキラキラクールなイケメンで、リカさんは大人の色香が漂う美丈夫ってとこだな。……かぁ~……俺の場違い感パネェ……」


「にゃるほど。後ろの2人が移住予定の妖狐だにゃ」


「……む?」


 そうだ! 俺が最優先でマークしなくちゃいけないのは移住予定の妖狐さん達の方だった。


 慌ててリカさん達の後ろに目を向ける。


 2人とも作務衣姿だった。


 1人はやせ型で、背の高さは(元の)俺と同程度の170センチ前後。髪は薄茶色で一つ結びに。目は釣り目で細い。所謂『糸目』だ。全体的にシャープで、頭脳派感が強め。


 もう1人はガチムキ。リカさんよりも頭一つ分大きい。2メートル以上はありそうだ。髪は銀色の坊主頭。まさに軍人って感じ。だけど、目は体に反してつぶらでいい奴感が滲み出てる……ような気がする。


「気になることがあるなら聞けにゃ」


「そうだな……」


 俺の目は自然と4人の尻尾へ。


 移住予定の妖狐さん達は1本、リカさんは4本、薫さんは……ひーふーみ……7本!?


「あの……尻尾のの違いって……?」


「まーた尻尾の話かにゃ」


「ごっ、ごめん」


「位の違いにゃ。とはいえ、六花様の方が上にゃ」


 椿ちゃんは聞きかじりであると前置きをした上で、色々と話してくれた。


・妖狐は神の承認を得ることで、位と妖力を上げていく(=天昇)。

・承認を得るきっかけは妖狐それぞれ。大事を成さずとも昇格をする人もいる。

・一尾、二尾、三尾……九尾と天昇すると『天狐』に。

・天狐になった後は、天昇するごとに尻尾の数が減っていく。

・最後の一本が消えた時、『空狐』という最上位格になれる……のだとか。


「リカさんは『天狐』になってから5回昇格してて、その『空狐』になるためにはあと4回昇格しないといけない……ってことか」


「ぐふふっ、優太! 椿にはお見通しにゃぞ~?」


「えっ? 何が?」


「ずばり! 『空狐』になって欲しくないんにゃろ?」


「いやいや! そんなことないよ。昇格すると妖力も上がるんでしょ?」


「妖力は増えても尻尾がにゃくなるにゃ~」


「っ!」


「ゼロにゃぞ、ゼロ! 本当にいいのかにゃ~?」


 リカさんのお尻から尻尾が消える。あのふっくらとした尻尾が……。


 喪失感がヤバいな。胸の中にぽっかりと大穴が開いたみたいだ。でも。


「……べっ、別に尻尾がなくっても俺は――」


「俺はぁ~?」


 ニタァとした笑みを向けてくる。ゲス顔しても可愛いなんてズルい。ズル過ぎる。


「俺はぁ~?」


 言わせたいんだろうな。いや、疑ってるのか。俺がその……だって。後者の可能性もある以上、ここはズバっと言っとかないと。


「……リカさんのことがすっ、好きです」


 勇んで宣言するつもりが、微妙に噛んだ上に尻すぼみになってしまった。我ながら情けない。


「にゃにゃー!! お熱いにゃ~! 破廉恥ハレンチにゃ~!!」


「っ! しーっ! 静かに……っ」


 気取けどられたか!?


 冷や汗がどっと溢れる。俺のやわらかなウィスカーパッド(鼻の下の『ω』みたいな形のところ)がぷるぷると震えているのが分かる。


「ふっ、ふお~……」


 俺は一息ついた後で、恐る恐る薫さん達の方に目を向けた。


 ……良かった。


 気付かれていないみたいだ。


 薫さんは自分の白くて形のいい手指に目を向けていて、他の2人は俺達がいる方とは別の所――山の方に目を向けていた。


「兄上、今のは『そう術』ですか?」


 不意に誰かが切り出した。


 凛としてるけど、ちょっと高飛車な印象の声。


 これは……薫さんの声か?


「ああ、ごめんね。嫌な思いをさせてしまって」


 どうやら薫さんで間違いないみたいだ。薫さんとリカさんの会話が続いていく。


「触れるだけで?」


「そうだね、10数える程度触れることが出来れば。或いはこの世界にさえ入ってもらえれば」


「……お婆様は10程度、対象と視線を交らわせる必要がありました。よもや触れるだけとは」


 リカさんは困ったような顔で笑った。褒められてるっぽいのに。あれ皮肉なのかな?


「ねえ、椿ちゃん。『そうじゅつ』って何?」


「お前がこの里に来た時にかけられてた術のことにゃ」


「ああ、『リカさんの命令には逆らえないの術』のことか」


 確かに、あの術をかけるのなら安心だ。


 こっそりかけようとしてバレて。それであんな気まずそうな顔してるんだな。


「何故に?」


「えっ……?」


 止めた? 何で? 俺の小さな心臓が嫌な音を立てる。


「私は一度、薫を……君達を裏切ってしまっているから。その……誠意を見せるべきだと思ったんだ」


 裏切りというのは多分、『家出』のことなんだろうと思う。


 リカさんが今言った通り、誠実さをアピールする意図もあるんだろうけど……あの感じだとも否めない。


 もしもの時、『リカさんの命令には逆らえないの術』なしであの人達を追い出すことが出来るのか……?


「貴方が『誠意』とは。変われば変わるものですね」


「面目ない……」


「むにゃ~、弟君、何だかいや~な感じにゃ」


「まぁ、仕方ないさ。薫様は相当にお寂しい思いをされたからな」


「っ!」


 後ろから渋くてハスキーな声が聞こえてきた。


 振り返ればそこには猫又の姿が。性別はオス。椿ちゃんと同じ二足歩行。白と黒のハチワレで、紺色の着物に袖を通している。


 重たいまぶたが特徴的な程よい感が漂う顔立ち、短い両手足、ぷっくり丸々のボブテイル。


 見ているだけで手がワキワキし出すけど、『モフり』の許可を願い出る勇気は湧いてきそうにない。


 何せこの猫又さんの正体は、あの『輪入道』の大五郎さん。元は直径4~5メートル近い車輪の妖さんなんだから。


「ぶふっ! にゃかにゃか猫又が板に付いてきたにゃ~」


「……うっせぇ」


 大五郎さんはリカさんの実家・雨司の古株だそうだ。でも、今となっては『脱走兵』。素性がバレては不味いとのことで、俺同様リカさんに変身の術をかけてもらった。


 強大な妖力は首に付けてる小麦色の組紐で封じ込めてる。因みに俺の首にも同じものが。「解」と念じれば俺でも解けるそうだ。


「ふ~ん。じゃあ、にゃにか? 仲直り出来る可能性はあるってことかにゃ?」


「ああして互いにんだ。不可能ではないだろうさ」


「なら……」


『俺との結婚を認めてくれると思いますか?』


 問いかけて言葉を呑み込んだ。


 コメントひとつに一喜一憂してる場合じゃない。俺次第なんだ。タイミングをしっかり見極めつつ、認めてもらえるように努力しないと。


「でもまさか、本当に妖狐が……薫様までいらっしゃるとはな」


「そんなにその、あり得ない感じのことなんですか?」


「ああ、まぁ……俺の常識からすればな」


「カァーー!!」


「っ! 貴様!!」


 さっきの烏が薫さんに向かって飛んでいく。まさか襲う気か!?


「なっ、何で?」


 後ろに控えてる妖狐さん達は勿論のこと、リカさんにも慌てた様子はない。慌てているのは薫さんだけだ。こうしている間にも、烏はどんどんと薫さんに近付いていく。


「カカー! カァ~♡♡♡」


「~~っ、止まらないか!」


 薫さんが構えた。右手の人差し指と中指を立ててる。攻撃系の術を放つつもりなのかもしれない。


 固唾を飲んで見守っていると、薫さんの背後に控えていた細身の方の妖狐さんが動き出した。


「若!」


 細身の妖狐さんの手が、少々乱暴に薫さんの肩を掴む。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る