13.祝言

 リカさんとい仲になってから2週間後――俺はとんでもないことになっていた。


「……マジか」


 鏡の中の俺はお嫁さんになっていた。真っ白な着物――白無垢に身を包んで。


 俺は母さん似の女顔。おまけにガリだけど、やっぱり男なんだよな。違和感が半端ない。


「お似合いですよ」


 透かさず三毛猫の猫又・梅さんがフォローしてくれる。流石はお局。隙がない。


「リカさんもきっと喜ぶにゃ♪」


「リカさんも……?」


 黒猫又の椿つばきちゃんに乗せられて、まんまと想像してしまう。花嫁な俺を見て嬉しそうに微笑むリカさんの姿を。


「へへっ」


 鏡の中の俺が破顔する。頬を赤らめて、ふはっと音が立つぐらい大きく口を開けて。


「えっ……?」


「どーした?」


「いや……その……俺、こんなふうに笑えるようになったんだなーって……」


「いつものことにゃ?」


「そう……なの?」


 目尻が熱くなる。もっとずっと時間がかかると、下手したら俺には一生無理かもしれないって思ってたから。


 ああ、リカさんやみんなのお陰なんだな。


「……っ」


 ボロボロと涙が溢れ出す。慌てて拭うけど止まらなくて。


「どうしたにゃ!? お腹が苦しいにゃ?」


「違うんだ! その……嬉しくって……」


優太ゆうた様……」


 椿ちゃんとキジトラの皐月さつきちゃんが見上げてくる。とても心配そうな顔をして。


 これじゃマリッジブルーだと思われちゃうよな。早く立て直さないと。


「あ~、お化粧がガタガタですにゃ」


「っ! ごめん……」


 白い猫又の菊ちゃんが深い溜息をつく。この子はしっかり者でとても頼りになる。女中猫又'sの現場監督的な立ち位置の子だ。


「仕方にゃい。落ち着いたら、また菊が整えて差し上げますにゃ」


 あっ、あったけぇ……。


「う゛、う゛おお゛おぉ!!!」


「あ゛ぁ!? もっ、もう! 思う存分泣くにゃ! 涙らすにゃ!!」


「あ゛、あい……」


 俺はお言葉に甘えて思う存分泣かせてもらった。ぷにぷにした肉球に、顔や足をぽふぽふしてもらいながら。


.。o○○o。..。o○○o。..。o○○o。..。


「新婦様のご入場じゃ~い!」


 唐傘からかさ小僧の吉兵衛さんの号令を受けて歩き出す。


 おかしいな。リカさんの家の廊下であるはずなのに、別の何処か――格式高い式場と見紛いそうになる。


「焦らずゆっくりね」


「はっ、はい……」


 俺の手を引いてくれているのは、ろくろ首のなつめさんだ。


 黒いまげ頭に琥珀こはく色のかんざしスタイル。黒い着物がとてもよく似合っている。


 今は首をのもあって、見た目の上では普通の人間と変わりない。


「っ!」


 ふすまをくぐるなり最奥にいるリカさんと目が合った。


 黒い羽織袴姿。凛としていて凄く綺麗だ。それこそ作り物なんじゃないかって思ってしまうぐらい。


 なのに浮かべてる笑顔は無邪気で、温かくて。幸せって顔に書いてある。


 止してください! 死ぬほど恥ずかしい!


 ……なんて、内心一人でパニくってるくせに、死ぬほど嬉しくもあって。


「綺麗だ」


 横に座るなりリカさんが囁いた。


 違和感の塊。


 そんな自己評価が崩れ去って、バカみたいに華やぎ出す。


「きゃ~ん♡」


「っ!?」


 棗さんの首がぐーーんっと伸びて、俺とリカさんを囲む。


 リカさんは余裕の笑顔。まだ見慣れてない俺は汗だらっだらで。


「お陰で若返ったわぁ~♡ ありがとね♡」


 棗さんは冷やかすだけ冷やかすと、軽やかな足取りで参列席へと向かって行った。


「なっ、なな……」


 時間差で照れが押し寄せてくる。辛い。


「夫婦固めのさかずきじゃ~い!」


 間髪を容れずに唐傘小僧の吉兵衛さんが号令をかけてくれる。ありがたい。


「にゃっ、にゃ……」


 椿ちゃんが朱色の盃を、皐月ちゃんが金色の柄杓ひしゃくみたいなものを持ってきてくれる。


「ありがとう」


 椿ちゃんの手からリカさんの手に小さな盃が渡る。そこに皐月ちゃんがお酒を注いでいく。3回に分けて丁寧に。


「…………」


 リカさんが盃に口を付けた。喉仏を上下に動かして飲み干していく。


 神聖な儀式であるはずなのに、何だか妙に艶めかしく見えて。


「……っ」


 俺は堪らず目を逸らした。


「ゆーた?」


「ああっ! ごめん……っ」


 椿ちゃんが盃を差し出してきている。待たせてしまったみたいだ。


 俺は慌てて盃を受け取った。リカさんの時同様、こぽこぽとお酒が注がれていく。


 飲むのはこれが初めてだ。ちゃんと飲めるかな?


 盃に口を近付ける。


 これはさっきまでリカさんが使ってた盃だ。


 ようはあれだよな。この儀式って、西洋式のウエディングで言うところの『誓いのキス』みたいなもんで……。


「~~っ」


 顔が熱くなる。心音の主張も激しくなって。


「優太……?」


 リカさんが泣きそうな顔でこっちを見てくる。


 不安にさせてしまったんだ。すみません! 俺は大慌てで飲み干しにかかった。


「ゲホっ! ゲホっ!!!」


「優太!」


 リカさんは直ぐに俺の傍に。背中をさすってくれる。


「すみ、ませ……っ」


「大丈夫だから。落ち着いて」


 囁いてくれる。俺の耳元で。とても穏やかに。


 デジャブだ。ああ、そうか。初めて会った時もこんなふうになだめてくれたんだっけ。


 なのに俺は、こんなに優しいリカさんを不安にさせて。


「……恥ずかしくって」


「ん?」


 リカさんに耳打ちをする。俺の呼気は酒臭かった。気が引けるけど、一刻も早く誤解を解きたくて。


「だってこれ接吻と変わらないでしょ?」


「ああ……」


 リカさんはほっとしたように笑った。良かった。誤解は解けたみたいだ。


「後でいっぱいしようね」


「っ!?」


「にゃはー!!」


「はっ、破廉恥……!」


 耳打ちの形ではあったけど、近くにいた椿ちゃんと皐月ちゃんには聞こえてしまったみたいだ。益々以ますますもって居た堪れない。


 その後、俺は辛々立て直して『夫婦固めの盃』を終えた。その後も細々とした儀式をこなして。


「にゃーん!!」


「めでたいねぇ~」


 直ぐに披露宴へ。みんな好き勝手に騒ぎ出した。女中猫又’sを始めとした里のあやかし達が祝福してくれる。


 ほんの数週間前までは警戒されまくってたのに。これもまたリカさんの人徳の成せる技か。


 でも、胡坐あぐらをかいてばかりもいられないよな。補助輪付きでも信頼してもらえるように努力していかないと。


常盤ときわ様! いや~本当に良かったぁ!!!」


 車輪のお化け・大五郎さんが大口を開けて泣き出した。まさに『男泣き』、何とも豪快だ。


 というか……ん? 常盤ってリカさんのことか?


「うぉっ!? うぷっ……!!」


「ははっ、飲み過ぎだよ。ほら、かわやに行こう」


「面目ない……っ」


 リカさんが率先して介抱役を引き受けてくれる。


 俺はそんな2人を見送った後で、透かさず梅さんに問いかけた。


「あの……常盤っていうのは」


六花りっか様がお捨てになった名です」


「かつては一騎当千の強者として名を馳せておられたんじゃぞ~い」


 傘小僧の吉兵衛さんが補足してくれる。自分のことのように誇らし気に。


「あの優しいリカさんが?」


 虫一匹殺さリカさんが? ダメだ。まるで想像がつかない。


「太平の世を夢見ておいでだったのですよ。足掻きに足掻いて打ちのめされて……。そうして、この小さな楽園をお築きになられたのです」


 具体も何もないのに、リカさんの絶望と悲しみが伝わってくるようだ。胸が苦しい。


「大五郎は六花様が武人であった頃の部下じゃ~。くくっ、ヤツめ大旦那様から直々に六花様を連れ戻すよう命じられたのにもかかわらず、コロリと寝返りおっての~」


「連れ戻すって……リカさん家出してるんですか!?」


「ええ。200年程前に」


 スケールが違い過ぎる。リカさん一体何歳なんだ?


「150年にも渡って捜索がなされていたようですが……直近50年の間には目立った動きはありません」


「大五郎がこの里に招かれたのがちょうど50年前。故にヤツが密偵なのでは? と疑いもしたんじゃがな~」


「御覧の通りの愚直な男ですから、その線はないと見ております」


「偵察関連の術も施されておらんかったしな~」


「それってつまり、大五郎さんでも説得出来なかったから、諦めてくれたってことですか?」


「おそらくは」


 どうにも腑に落ちない。本当に諦めてくれたのかな? 150年も探し回ってたんだろ?


「……何にせよ、頑張るっきゃないよな」


 俺は静かに決意を固めた。


 俺に出来ることを、俺にしか出来ないことをするんだ。


 リカさんを、みんなを、この幸せを守るために。



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