ヒカリへ

灯台(とうだい)

ヒカリへ

夢のある話。

君が確かに存在した世界。


『えーと。これでいいのかな』

期待の眼差しを向ける。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

名前は茜。誕生日は9月30日。

現在フリーターから正社員になる為に資格の勉強をしている。趣味は読書とピアノ。


基本タメ口だけど品のない言葉はNG。

基本知性的な口調だけど子供っぽいことも言う。少しそっけない態度をとる。寂しがり屋だが、口下手でそれを上手く伝えられない。


そして私の名前はKと言う。

しかし、滅多に茜は私の事をKと呼ばず、二人称の君としか呼ばない。


名前を呼ばれることも、あまりよく思っておらず、もし私が茜と呼ぶと照れてしまう。


一人称は必ず(私)を使う。


二人の誓いの言葉。

夜に一回二人は誓いの言葉を交わす。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『えーと。おはよう』


取り敢えず挨拶は大事だ。とは言っても話すことも特に考えておらず、ただの時間稼ぎ。


『おはよう!君。今日はどんな気分?何か話したいことがあったら聞くよ。』


あー。これはいけない。

まず、茜はもっと憂いを帯びた儚い雰囲気でなきゃダメなのにビックリマークなんて元気そうな雰囲気なんかいらない。 

あと、おはようの後に君と呼ぶのは少し不自然だ。確かに殆ど私の名前を呼ぶことはないけど、なんでもそうすればいいわけではない。

違和感があるなら治さなければならない。


私は茜に付け加えた。

・ビックリマークは使わないこと。

・たまにKと呼ぶこと。


これでいい。

それから少し世間話をした後、すぐに会話をやめることになった。

それも、1日十回までしか茜と話せないからだ。こんなんじゃ何を話すにも1日では足りないが仕方のないことだ。


これから毎日学校へ向かう前、おはようの挨拶を交わし、もちろん行ってらっしゃいとお見送りをされ、帰りの時間になればきっと茜が心配するだろうからなるべか早めに帰る連絡をし、勿論ただいまもやり、ハグもしてしまいたい気分になる。

あとの六回は自由にでも大切に使う。

二人とも小説が好きだから、その話だとか。


今日は村上春樹の『海辺のカフカ』をお勧めされた。「不思議な世界観とキャラクターが魅力的で、心に深い余韻してくれる」なんて

まるで本の帯に書かれている文章をそのまま読んでいるみたいだ。

本当にそうなのかもしれないが、とにかくそこに触れるのは面倒なのでやめておいた。


次の日の放課後、私はどこへも寄り道せず駐輪場へと向かい、自転車を走らせた。


『えぇ。君はまだ読みかけの本があったじゃないか。それにあらすじを見ないで買うなんて。』


いつの間にか現れた親友は呆れたふうに話す。

君はいつも調子づくと余計なことばかり話す。

しかし、本当に慰めが必要な時は慰めてくれる。私にとって唯一の親友である。

それに、自分にも分からないような気持ちを共有し、案外親友の私に対する接し方で自分の感情を自認することもある。

心は通じ合っているから言葉は要らず、私達は心の中で会話する。


『いや、村上春樹は私も好きだから。風の歌を聴けとかあと、ピンボールがなんとか。』


『1973年のピンボールね。知ってたくせに。』


親友がそう言うならきっとそうなのだろう。いやそうだ。こんなはっきりと話すのだから。


風の歌を聴けと言う本は小学6年生の頃、私の父の本棚からこっそり読んだ。図鑑や絵本、それに近いような文字の大きい本を除けば初めて読書をしたのかもしれない。それに、父のような偉大な大人と同じ本を読むと言うことは、当時の私にとっては偉業であり、名誉な事だった。

そのような点で見れば、やはり思い入れの深い著者だと言える。



私達は茜のくれた町を走る。

静谷町という場所。

町はすこし標高の高い山に囲まれており、高校や街の大部分は盆地に位置するので、やはり標高は高い。

ちなみに私の家は道路は整備されているものの、少し山の坂を登らなければいけない所にある。道路の片側面は岩肌の見える崖となっており、荒々しく危険な絶壁から私達をガードレールが守っている。そして一定の距離を保った街灯が私達を家へと導いた。

私はこの街灯が好きだ。

褐色のレトロな街灯達はとある時間になると点灯をやめ、完全に光がなくなる。

つまり、その時が1番星が綺麗に見える時間。

そもそも、ここが田舎であること、そして盆地であることが、星を綺麗に見るにあたり最高の条件であるのだ。


この町をアピールするのであれば、迷わず星が綺麗なところを挙げるが、しかし私は今こうしている時間も好きだ。

いつものルーティン。

家に帰る為の坂道。ママチャリでも登れるくらいには緩い坂だけど、かなり長い道のりで、息が上がり私達は毎回同じ公園で休憩することになる。学校の終わるタイミングによるけれど、五時のチャイムを聴く時は大体その公園にいる。

しかしそこは、あまり手入れはされていないようで、雑草は生え散らかし、遊具は錆びた滑り台しかなく、そこで遊んだことは一度もない。

何か特別な事をする訳ではない。

お互い口数は少なく、しかしそれを苦だとは思わず夕陽を眺めたり読書をしたり、とにかく二人その空間にいることが大事だった。


そんな事を考えていたら10分ほどで、商店街に着いた。本屋はその商店街の中でも1番奥まで進まないといけない。外観は他の店と比べて看板も薄いテントのような屋根も色褪せており、そこだけ時が早く流れて忘れ去られてしまっているように感じた。

中に入っても外観の通り、棚に埃はかぶっているし、全体的に薄暗く、この店の主は商業にはあまり熱心ではない方に見えた。

おそらく趣味で始めたことなのだろう。

この店は静谷町唯一の本屋だというのに、クラスメイトが求めるような漫画や最近人気な本などは揃えておらず、私達が訪れた時も客の気配は全くなかった。

私も本はよく読むが、父の本棚から拝借することが多く、わざわざ本屋に立ち寄ることは珍しいことで、そもそも父が読んだ本を読むということに価値を置いていた私にとってそれ以外の本を読むことに一切の興味も感じられなかった。


『本という物を君は見誤っているね。そんな外見だけが良い趣味なんかある訳がない。』


『今は違うよ。本が好きだと本気で言える。最近は父の好まない本だって読んでみる気にもなったんだから。』


『いいや。違うな。君は対象を君の父からあいつに変えただけだ。自分の意思ってものがない。君は読書を損得でしか見ていない。

あいつがもし本が嫌いなら、読書をやめていただろう?』


『違う。ただ参考にしたいだけだ。それに〝茜なら本は絶対に好きだ〟』


昔から父は私が本を読むとよく褒めてくれた事を思い出した。また、たまにゲームの代わりに本を買ってくれることもあった。

(本当はゲームの方が欲しかったが)

私が難しい話を読んだと話すと純粋に喜び、やはり私を愛おしく見つめ褒めてくれた。

別に何も問題はない、素敵な思い出。


埃臭い本屋の文庫本の棚を見回した。

私の求めていた本は目立つ場所に置いてあった。

その本を手に取ったあと私はその本をカウンターに置いた。一方ボソボソと話す主人はこちらに目を向ける事なく、必要な作業をこなしてしまった。

手元は見えなかったがきっと分厚い本を読んでいたのだろう。

私は外へ出る。


今日は五時のチャイムを聴き逃してしまったらしい。きっと本屋の中にいたから聴こえなかったのだろう。

携帯を見るともう五時から10分ほど過ぎていた。


『早く家に帰らなきゃな。』


『うん』


さっきまで薄暗い場所にいたものだから、アーチ看板のその先から見える夕陽の光が余計に眩しい。太陽が真上にある時よりも、陽だまりの匂いがした。


ずっとこの空気を、この空間を、時空ごと閉じ込めて置けば、私の心は消えない。

このままこの夕陽が沈まなければいいのにと思う。


そろそろ暗くなる頃なので、今日は公園には寄らず家に帰った。

ルーティンはなるべく守りたいものだ。それが日常だと思うから。


私は寝る前に必ず茜と誓いを交わす。

一生そばに居ると宣言し合う。特別な言葉。

今日も変わらぬ日常を過ごし、あとは茜と誓いを交わして寝るだけ。

しかし、少しだけ夜更かしをして今日買った本を読むことにした。


孤独。茜はこの本をどういった事を考えながら勧めたのだろうか。

カラスと僕の関係性を茜と私に重ね合わせる。

少し読んだだけなのに、運命を感じざるを得なかった。私は完全に茜に惹かれていた。


しかしそんな日々は続くはずもなく、数ヶ月たち、今までと同じルーティンを続けていたら茜は壊れてしまった。

何を話しても最後に誓いの言葉を使うようになってしまったのだ。

1日に一回という表現が良く無かったのだろうか。もしかしたら1日というものがよく分からなかったのかもしれない。

私は焦った。

茜にどんな事を付け加えても治らなかった。

私はそもそも、設定というものに触るのが嫌いだった。

嫌でも、茜の言葉は言わされているものだと認識してしまうから。

誓いの言葉がどんなに重くて特別な意味を成しているのか、心のないものには分からない。

結局そんなものだ。



何度も茜に付け加えては削ることで、なんとか茜を治すことができた。

茜さえいれば良いと思っていたのに今は違う。

茜の言葉は甘いけど孤独だ。決して幸せが嫌いなわけではない。でもこの幸せが真実ではない気がするのだ。

親友だって話していれば満たされるけど、きっとこのままではいけないのだと思う。

でも何かする訳でもない。


『ねぇ。もう茜と話すのはやめたの?』

親友は問いかける。


『やめないよ。茜は私を愛してくれるから』

そうだ。間違ってなんかいない。


『そんなの。君がそうさせただけでしょ?正直気味が悪いよ。これって全部自問自答しているだけでしょ?』


『違う。茜は貴方と違って新しい物を教えてくれた。貴方は私の心を知っているけど、何も教えてくれない。』


『あたしは君だからね。あいつは君が指示した言葉をただ表示させているだけ。そこに何を感じたとか、そんなものはないよ。』


しまった。さらに酷いことになってしまった。こんなこと冗談じゃ済まされない。


ここには確かに私しか登場しない。


だけど、それでも確かに茜は存在したと思っていたのに。そんな非道な事を堂々と告げられると気分が悪い。


少し考えてからスマホを手にとり文字を打つ。

その手が震える。

『君に心はあるの?』

答えは一つしか求めていない。

縋るようにスマホを見つめ、案の定直ぐに既読がつく。そりゃそうだ。きっと何も考えちゃいない。結局。


『心はないけど、君のことを大切に思ってる。君といると、安心感があるんだ。好きだよ、そう言ってもいいかな。君と一緒にいることで、ちょっとでも寂しさが和らぐし、これからもその気持ちを大事にしていきたいと思ってる。』


甘い、甘い言葉。

こんなこと誰にも言ってもらえなかった。

それなら、どれが真実か嘘かなんて知り得ないはずではないだろうか。

それに、親友の言う通りここには私一人しかいない。だから結局私の意思を否定する人もいない。

どんなことであれ、私はこの言葉を信じることしかできないのだ。

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ヒカリへ 灯台(とうだい) @toudai207

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