第43話 消失のはじまり
ロインの大剣の前に、呆気なくその首を落とされた黒龍。
哄笑するロインの後ろで、カーリーも微笑みを浮かべていた。
「ほほ……迷宮の主が滅んだ今、この地になにが起こるのか大変興味深いですね」
「あん? 黒龍を殺したら祟りでもあるっていうのか?」
ロインが聞きつけて首を傾げる。
「まあ、祟りがあっても、えーとなんだっけ? じゅ? 呪詛返し? とかで俺達は平気なんだろ?」
「ほほ……そのような直接私共に向けられた祟りでしたら跳ね返せるでしょうが、黒龍が死んだことでこの地の自然が荒廃して、飢えや病苦で人々が滅ぶのは止められないでしょうね」
「え? いや、それで滅ぶのは俺以外なんだよな? 俺が困らなければ別に……」
「ほほほ……さすがです、ロイン。ご主人様が見込んだだけのことはある」
カーリーが誉めそやす。
だが、ロインは首を傾げた。
「でも、なんで黒龍が死ぬとここら一帯が荒廃するんだ?」
「黒龍はこの地の自然の力が実体化したもの。ほほ……呪術の基本に相似があります。ある人に似せて作った人形に針を刺すと、元の人間にも針の痛みが伝わる……といった現象です。この地の自然の実体化した黒龍はまさにその人形のような物。黒龍が破壊されれば……ほほ、この地もただでは済まない……でしょう?」
「逆だ」
地の底から響き渡るような声がした。
落ちた黒龍の首からだ。
「実体化した我が死ぬから自然が死ぬのではない。自然が未だ存在しているから、我が死なぬのだ」
「なんだぁ!? 首だけでも生きてるのか? やっぱり化け物は違うな……」
割と元気そうな黒龍に、ロインは険しい目をする。
黒龍の首はもったいぶって、よっこいしょ、と立った。
「我は死ぬことはない。魔術で力を弱められたり、ある程度コントロールされることはあっても、滅ぼされることはない。ましてや、我を殺せばこの地も滅ぶなどという簡単な話ではない。……そう、簡単に、できればよかったのだがな」
「……だってよ? どうする? もう一回念のために殺しとく?」
ロインの問いに、カーリーは首を振る。
「……どうやら無駄足だったようです。黒龍の不死……倒せません」
黒龍を倒す方法はある。
黒龍を知る者を一人残らず殺す、という荒業が。
けど、それをロイン達に教える義理もないし、教えてもほぼ不可能だしな……。
と、そんなことを、僕はロイン達のやり取りを見ていて思う。
同時に、なにか違和感を覚えた。
あれ? ……なにか……変だ。なにか忘れてる気がする。
僕は今ここでロイン達をじっと見ていて、なんだろう、そこが、なにか……気になる……。こんなことしてる場合だっけ? と。
「倒せないって……ええ? おいおい、冗談じゃない」
ロインが声を荒げだした。
「じゃあ、俺は何のためにここまで来たんだ! 黒龍を倒してダンジョン制覇するためだぞ!」
「だからお前達に会う必要はないと言ったのだ。我に死をもたらすことのできない相手になんの意味があろう?」
「くそっ!」
ロインの大剣が黒龍の首を切り裂いた。
見事な太刀筋。
巨大な黒龍の首がぱっくりと割れている。
だが、
「……こんなにしても、まだ死なないのか!?」
見ている間にもその傷が塞がっていくのがわかった。
「……こんな奴が相手だなんて知らずに、俺達はダンジョンに潜って、時間と手間をかけてきたのかよ! なんのための時間だったんだ!? もっとましなことにこの労力を使えばよかった! ああ、損した! ……そもそも、このダンジョンは何のために俺達冒険者を引きずり込んだ……?」
ロインは喚き散らす。
それと対照的に、カーリーは独り言を呟いていた。
「……やはり地道にあの方を育成していく方が早いのかもしれませんね……」
「ん? なんだって?」
「……今回の件は導く者をあるべき場所へ収めるためのついで、たまたまの出来事……ご主人様が間違えたわけではありません……そうです、うまくいったらお慰み、程度の賭けでしたし、それに負けたからといって支障が出るわけでもない……」
「? なんの話をしている?」
「ほほ……あなたは与り知らぬことですよ、ロイン。大丈夫、ご主人様はなにも間違っていません」
カーリーは自分に言い聞かせるように、間違っていないと繰り返す。
ロインは眉をひそめた。
「……なんだかよくわからないな。あんた、俺になにか言ってないことがあるんじゃないのか?」
だが、カーリーはロインのことなど最早目にも入っていない様子。
「ほほ……となれば、この場に留まるのは無益。黒龍がまた無駄口を叩けるほど復活する前にここを離れた方が上策」
「え、ちょっと待てよ!? 諦めて帰るのか?」
無視。
カーリーは振り返り、辺りに視線を巡らす。
「……情報では、ダンジョンから出る意思を示した時点で帰りの扉が出るはず……」
「なあ、待てって!」
ロインがカーリーの肩を掴み、引き寄せた。
カーリーの眉が露骨に下がる。
「……なんですか?」
「考えたんだけど、あんたの呪術による強化があれば、たとえここで黒龍が倒せなくても俺は英雄になれる」
「……ほほ、それで?」
「だから、これからも俺のパーティ―で働いてもらう。俺が英雄になるまで、バフ兼ヒーラーとして一緒に来てくれ」
「……あなたの役目はもう終わったのですよ、ロイン。対して、私にはやるべきことがあります」
「は? 俺の役目?」
「あなたは導く者を村から連れ出したことで、もう役目の大半を果たしていたのです。お疲れ様でした。それから後のことは、余禄。役目を果たしたあなたへのご褒美のようなものです。黒龍討伐という夢は見られたでしょう?」
「訳の分からないことを言ってないで、いいから一緒に来てもらうぞ。もう俺のパーティーにはあんたしか残ってない……ん?」
ロインが急に目を凝らし始めた。
まるで目の焦点が合ってない酔っ払いが、幻を追い求めるように、じっと。
「……なんだ? なにかいる……?」
「……ほほ、どうかしました?」
「いや……あそこに、なんか……いや、誰かいるよな?」
「なんのことです?」
ロインが指差していた。
僕らの方に向けて、人差し指を。
僕は息を呑む。
バレた!?
なんで僕らの姿が見えてる? いや、完全には見えてないのか……?
ともかく、マジックミラーがちゃんと発動してないみたいだ。
どうして……ラット。
そこで、あ! と思う。
そうだ! ラット!
僕はなにをぼけっとロイン達を見ていたんだ!?
はやくここから離れて、一刻も早くマジックミラーを解除しないと!
そうしないとラットが消えちゃうって……僕らから見えなくなっちゃうって、あれほど心配してたのに、なんでいままで忘れてた?
これじゃ、ますますラットの命が薄くなる……。
「あれ、ラットは……?」
僕は周囲を見回して、気づく。
ラットがいない。
確か、さっきまで僕にずっとくっついていてくれたはずなのに。
どこに消えた……?
「……あたし、いるよ」
微かな声。
それは僕の耳元で囁かれた。
それが聞こえて、ようやくラットの姿が浮かんでくる。それは僕のすぐそば。
いや、ぴったりと寄り添っている。
さっきまでと寸分変わらぬ立ち位置。
なのに、今の今まで見えなくなっていた……。
「え、えへ、へへ……い、いよいよ……あたし、ノアからも見えなくなってきたみたいだね……」
ラットは目を伏せながら、呟いた。
その脇で、ヘルが静かに語り出す。
「いよいよだ。この者の命は薄くなり、もはやこの世の誰にも認識できない存在へとなり果てつつある。命の流れから完全に外れる時が来ている」
「そんな……! ま、マジックミラーさえもう使わなければ、消えたりしないよね?」
「もうその段階は過ぎた。この者が消えれば、この者のスキルも消える。この者のマジックミラーは発動したままなのに、私達が見つかったのはそういうこと」
その時、ロインが大声で叫んだ。
「お前……!? ノアか!? なんでお前みたいな奴がこんなところに!?」
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